27/烏兎

「幽閉されている少女の名前は烏兎。ボクたちの最終兵器。世界の掃除役。そして、カミ殺し」


 コツコツと階段を上りながら、メルリヌスさんは烏兎という少女について語り始めた。


「烏兎には人間性がほとんどなくてね。ボクのように取り繕うことすらできない。無感情で、何事にも興味が薄い。道具として生きていくのならそれでも問題ないけど、でも、放っておきたくなかったんだ」


 階段はどこまで続いているのか。ぐるぐると回りながら、上へ上へと進んでいく。


「同情。哀れみ。きっとそんな感情が湧いているんだろう。ボクはこれまで、ボク自身の瞳を通して烏兎に外の世界の景色を見せ続けていた。ステラに向かってからは、ステラの様子も見せたさ。まあ、烏兎からは何の反応も返ってこなかったんだけど」


 閉じ込められた状態で外の世界を見続ける、というのはどのような気分なのだろうか。自分には関係のない世界を、自分が一生触れることのないであろう景色をただ見続ける。

 わたしだったら、余計なお世話だって言ってしまいそうだ。

 だってそんなものを見せられても、自分には何の関係もない。ただぼんやりと外の世界を見続けて、けれども外には出してもらえなくて。

 そんなの、虚しいだけじゃないのか。


「もちろんアステールを倒すためにも烏兎は必要だ。星の心臓を砕くにしても、烏兎の力がなければそれは不可能なこと。カミサマは不老不死。何をしても死なないし、老いることもない。そんなカミサマを殺すことができるのは、その役目を任された烏兎だけだ」


 破壊装置。最終兵器。カミ殺し。

 その言葉は全て、何かを消す役割を意味している。

 そんなろくでもない仕事を押し付けられて、それでいて普段はこの塔に閉じ込められている。

 そんなの、酷い話じゃないのか。


「それにしても、星教派の襲撃はともかく、アステールが反抗してこないのは少し予想外だったな」


 そういえば、今のところあれから星教派のヒトたちに襲われることはない。ムメイの街の教会を破壊され、みんなを殺された。まだ旅立ったばかりとはいえ、もっと何かをしてきてもおかしくはないはずなのに。


「星の心臓を守る封印を解かれることがどういうことなのか、彼女も分かっているはずなのに。もしかしたら、アステールは死ぬことを望んでいたりして、ね」


 そう考えるのは、自然なことなのかもしれない。本当に殺されたくないのならば、今すぐにでも警備隊を動かしてわたしたちを殺させるべきだ。

 けれども、そんな様子はない。

 ただ単に舐められているのか。それとも、メルリヌスさんの言う通り死を待っているのか。

 どちらにしても、動きがないのは不気味ではある。


「そういえば、テイルは来なかったんだね」

「はい。外の世界は負担が大きいとかなんとか」


 ふうん、と言って、メルリヌスさんは口を閉ざしてしまった。それほど興味があったわけではないのだろう。


「さて、そろそろだ」


 メルリヌスさんの声に顔を上げる。

 階段の終わり。左手には蔦がこびりついた扉が一つ。


「——魔力認証」


 メルリヌスさんが扉に手を触れる。それだけで、蔦はするすると扉から消えていった。


「さて、烏兎に会うのは随分と久しぶりだ。ちょっと緊張するなあ」


 はあ、と小さくため息を吐いて、メルリヌスさんは扉に手をかけた。

 扉を開けて、メルリヌスさんが中へと入る。それに続いて、わたしも部屋へと入った。

 白。

 壁も白ければ床も白い。窓はなく、物もない。そんな殺風景な、不気味な部屋の奥。

 ぼんやりとした様子の少女が、床に座り込んでいた。


「やあやあ、烏兎。仕事の時間だよ」


 メルリヌスさんが声をかけると、ぴくりと少女の肩が動いた。そうして、ゆっくりと顔を上げる。


「——」


 無感情な黄昏時の色をした瞳が、わたしたちを捉えた。

 烏兎と呼ばれた少女はしばらくじっとわたしたちを見つめた後、ゆるゆると緩慢な動作で立ち上がった。


「業務内容の入力をお願いします」


 抑揚のない声が部屋に響く。

 黄昏時の色をした瞳には何の感情も浮かんでいない。

 瞳と同じ色をした髪の毛は二段になっている。長い下段の髪の毛は後ろで一つにまとめられており、上段の髪の毛は肩につくくらいの長さだ。

 ろくに日の光に当たっていないのか、肌は病的に白かった。


「入力をお願いします」


 再度、同じ言葉を繰り返す。


「アステールを殺すこと。それから、アステールを殺すまでボクたちとステラを旅すること。それが今回の仕事内容だ」


 腰に手を当てながら、メルリヌスさんがさらりと答えた。

 烏兎はぱちぱちと何度か瞬きをした後、こてんと首を傾げた。


「ステラを旅する、という仕事内容に疑問があります。それは無駄なことではないでしょうか。ステラはいずれ滅びます。それは確定事項です。それを見せることに、何の意味があるのでしょうか」


 烏兎の視線は鋭くも冷たくもない。ただそこに瞳があるだけ。ただじっと見つめているだけ。

 少しだけ、恐ろしいと感じてしまう。

 何の感情も含まない視線を向け続けられて、正気でいられるニンゲンが一体どのくらいいるのだろうか。

 しかしそれを、メルリヌスさんは全く気にした様子もなく受け止めていた。


「まあまあ、それを見つけるための旅、ってことで。大事なのはキミが何を感じるのか。何を見つけるのかなんだ。とにかく、上司の命令は絶対、だろう?」


 烏兎は無言のまま、答えない。

 一歩間違えれば気まずい空気に支配されてしまいそうな空間。その中で、何を気にすることもなく、メルリヌスさんは普段通りの胡散臭い笑みを浮かべていた。


「さて、まずは自己紹介をしておこうよ」


 場違いであり、けれども落ち着く華やかな声をメルリヌスさんは上げる。


「烏兎、この子がモルガーナ。ボクの視界を通して視たことがあるだろう?」


 ぽん、とメルリヌスさんの手がわたしの肩に触れた。


「あ、ええと、初めまして。モルガーナです」


 烏兎は変わらず、無感情な瞳でわたしを見つめていた。


「烏兎、と申します」


 ぺこりとお辞儀をして、それきり烏兎は黙り込んでしまった。

 なんとなく分かっていたことではあるけれど、烏兎は口数が多い方ではないらしい。いや、そういうレベルではないような気もするけれど。


「それじゃあ戻ろうか。烏兎、これからこの三人、と、一匹で旅をするんだ。いいかい。仲良く、仲良くね」

「仲良く。はい。分かりました」


 烏兎は淡々と、温度のない声で返事をした。

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