24/偽物の救世主

「カルミアは本物の救世主ではなかったから、各教会の封印を解くことはできなかった。けどヒトビトが求めていたのはよく知りもしない封印を解く救世主ではなく、正しく自分たちを導いてくれる救世主だった。そして、カルミアはそれに応えた、ってわけだ」


 フレウンの中央にある広場には、カルミアを象った石像が置かれていた。杖を掲げ、ヒトビトを導いた様子を形にしたのだろう。どこか見覚えのあるその姿は、わたしなんかよりもよっぽど本物の救世主さまのように思えた。


「本物ではないと、ヒトビトは気がつかなかったんでしょうか」

「真偽なんて些細な問題さ。偽物であろうと本物であろうと、結局何を為したか、どんな存在で在ったのかが大事なんだよ。たとえみんながカノジョが偽物の救世主だったと知っていたとしても、カノジョが為したことは本物だ」


 自分が何を為すか。自分はどう在りたいのか。

 わたしが本物の救世主さまだとしても、結局その二つの答えを得ることができなければ、わたしの存在に意味はないような気がした。

 本来なら賑やかな、けれども落ち着いた昼を過ごしているはずの広場。街のヒトビトは遠くからわたしたちを眺めている。物珍しいという視線と、救世主さまという小さな、けれど期待に満ちた声が聞こえていた。


「お嬢さんたち、魔法使いだね」


 と、ヒトリの老婆が杖をつきながらこちらへと近づいて来た。


「カルミアの銅像なんて見て、どうしたんだい」


 じろりと、老婆はどこか厳しい瞳でわたしたちを見つめる。


「カルミアについて知りたいと思ってね。お姉さん、カルミアについて何か知っているかい?」


 お姉さんと呼ばれたことが可笑しかったのか、老婆はは、と笑みを漏らした。


「冗談はよしなよ。で、カルミアについてかい」


 よいしょ、と老婆は近くにあったベンチに腰を下ろす。


「カルミアは、救世主さまになるために生まれてきたような子だった」


 白い髪に赤い瞳。普通なら不気味に思われるようなその姿を、美しいと思わせるだけの雰囲気をカノジョは持っていた。

 カルミアは幼少期から救世主さまであると信じられ、そうなるように育てられてきたのだと言う。生みの親はカルミアが生まれてすぐに亡くなってしまったようで、それからカノジョはずっと教会で暮らしていたらしい。

 カルミアが街に姿を現すようになったのは、カノジョが十歳くらいの頃だったという。

 カルミアはみんなに救世主さまと呼ばれ、カルミア自身もその言葉に応えようとした。

 困っているヒトがいればすぐに駆けつけて問題を解決する。魔物に襲われているヒトがいればそれを救って手当をする。ヒトビトが魔物に対抗できるよう魔力を込めた武器も用意した。お腹を空かせたヒトがいれば、自身の食事を分け与えることもしたらしい。

 ダレからも愛され、みんなを愛した少女。

 やがて成長したカルミアはアステールによる統治ではなく、ニンゲンによる統治を求めて旅立つことを決めた。

 カルミアにとって救世主さまとはみんなを救う存在であり、みんなを導く存在であった。カノジョにとってその答えは、神による統治を終わらせてニンゲンたちの世を始めることだったらしい。


「何を馬鹿なことをと思ったよ。この世界ではアステールの存在は絶対なんだ。それは、主教派だって分かってたさ。たとえどのような統治がなされていたとしても、アステールが選んだ結果ならそれが絶対的に正しいものだった。でもそれを、カルミアは否定したんだ」

「当時のアステールの統治は酷いものだったのかい?」


 さあねえ、と肯定とも否定ともとれる声で老婆は呟いた。


「あたしが生きてきた間は、そんなに酷いものじゃなかったと思うよ。魔物や魔人は出るけど、それは警備隊に任せておけばいい。まあ、ここやムメイの街にはあまり配属されていないけどね。けど、そうだね。みんな、うんざりしていたし、今だってうんざりしているのかもね」

「それは、何に対してですか?」

「変わらない毎日に、だよ」


 はあ、と老婆は息を吐く。


「そりゃあ、毎日は平和さ。魔人や魔物の存在はあっても、それでも基本的には平和だ。何も変わらない。今日も明日も明後日も、ずっとね。きっとそれは良いことなんだろう。けど、どうにもそれじゃあ、何かが足りていないんだろうさ」


 そう言って、老婆は遠くを眺めた。


「カルミアが変えたかったのは、それなんだろうね」


 変わらない毎日を、カルミアは変えたかった。今日とは違う明日が、カノジョの望む未来だった。

 そんなカルミアはアステールの統治を良しとはしなかった。ステラ各地を巡り、主教派も星教派も味方につけてアステールのもとへとたどり着く。そこで出した結論が、アステールとニンゲンたちによる共同統治だったという。


「つまり、一緒にステラを運営していこうとしていたわけだ」

「そういうことさ。で、問題の戴冠式の日がやって来た」


 ニンゲンたちの王となるはずだったカルミアは、そのめでたい戴冠式の日に殺された。ダレに殺されたのか。何が起きたのか。戴冠式に参加して生き残ったニンゲンは少なく、その上カレらのほとんどはまともに話ができる状態ではなかったらしい。

 結果、それだけの大惨事が戴冠式で起きたのだろう、という結論だけが残された。


「アステールはカルミアが死んだその直後に話し合いのための建物を燃やした。カルミアを支えるはずだった部下たちを殺した。それはもう、悲惨な光景だったらしい」

「らしい、ということは実際に見たわけじゃないんだね」

「そりゃあね。あたしはずっとここにいたから。生き残りがそう喋った、という噂を耳にしただけさ。けど建物が燃えたりヒトが殺されたってのは事実だろうよ。あたしの知り合いでカルミアの部下になる予定だった男がいたんだけどね、そいつは戴冠式に行ったっきり帰ってこなかった。ま、アステールに殺されたんだろうさ」


 可哀想にねえ、と老婆はか細い声を出す。


「カルミアも、きっとアステールに殺されたんだろうねえ。ああ、やだやだ。恐ろしい女だよ、あの王様は」


 重たいため息を吐いて、老婆は立ち上がる。


「あたしが知ってるのはこれだけさ。ま、他のニンゲンたちも同じように話すだろうけどね」


 結論としては、優しい少女だった。ヒトビトのために生きた少女だった。救世主さまに相応しい少女だった、ということらしい。


「それで、あんたたち。どっちが今代の救世主なんだい」


 何かを試すような視線を、老婆はわたしたちに向けた。鋭い視線に、思わず目を逸らしてしまう。


「救世主さまはこの子だよ。ボクは単なる導き役さ」

「ふうん」


 メルリヌスさんの答えを聞いて、老婆は遠慮なくわたしの顔を覗き込んできた。


「カルミアとは大違いだね。自信も覚悟もない。本当に救世主さまなのかい?」


 不満げな声が、胸に突き刺さる。


「そっちのあんたの方がよっぽどらしい、いや、あんたはあんたで駄目だね。胡散臭いったらありゃしない」


 ため息混じりにこぼしながら、老婆はわたしたちから離れた。


「ま、いいけどね」


 じゃあね、と手を振って、老婆はヒトビトの波に消えていってしまった。

 老婆の言う通り、わたしは救世主には程遠いのだろう。自信なんてない。覚悟だってしっかり決めているわけじゃない。何を目指すべきかなんて、全然分からない。

 どうすれば救世主らしくなれるのだろうか。そもそも、救世主とは何なのだろうか。みんなを救う存在。みんなを導く存在。

 封印を解いただけのわたしに、その資格はあるのだろうか。

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