23/本当の予言

 草原地帯を抜けた先に、その街はあった。

 門は一つ。ヒトが立っているのが見えるが、その装備は警備隊のものとは異なっている。銀色の鎧はなく、手に持つ武器も手作り感溢れるもの。


「うん。あれは警備隊のニンゲンじゃないだろうね。武器には魔力が込められてるけど、どこで手に入れたんだか。まあいいさ。これなら、見た目を誤魔化して中に入る必要もないだろう」


 行こうか、とメルリヌスさんはずんずん前に進んでいく。

 青空の下で、メルリヌスさんの深紅のリボンはより華やかに見える。少女というよりは女性という言葉の似合うメルリヌスさんがつけるには少々不釣り合いだが、それでもそれがメルリヌスさんの美しさを損なうことはなかった。

 うん。メルリヌスさんは綺麗だ。

 すらりとした細い手足。白く滑らかな肌。近づくと香る甘い花の香り。若葉色の艶のある髪の毛。そして何より魅力的な、翡翠の瞳。

 これだけの要素を持っていて、気にならない方がおかしい。

 茶色いケープコートを揺らしながら、メルリヌスさんは門へと近づく。門番がギョッとしたのは魔法使いがやって来たからか、その美しさに目を奪われたからか。

 なんとなく、後者であってほしくはなかった。

 門番は遠慮することなく、わたしとメルリヌスさんを見比べる。


「あんたら、その髪……ちょっと待ってろ。おい、ダレか! 神父さまを呼んできてくれ!」


 門番が近くの小屋に声をかけると、中からのんびりとあくびをしながら同じような格好をした男のヒトが出てきた。

 カレはわたしたちを見つけると、すぐに血相を変えて街の中へと走り出す。

 それを見送って、門番ははあ、とため息を吐いた。

 門番はわたしたちにあれこれと話しかけることはしなかったが、ただ静かに、珍しいものを見るような目を向けていた。

 しばらく待っていると、先ほどの男が若い男を連れて帰ってきた。格好を見るに、この街の教会の神父であることは間違いないだろう。


「お待たせしました。……ああ、なるほど。たしかに魔法使いで間違いなさそうですね。立ち話もなんですから、どうぞこちらに。教会まで案内させていただきます」


 そう言って、神父らしきヒトはわたしたちの前を歩き始めた。

 メルリヌスさんは大人しくそれについていく。テイルと顔を見合わせて、わたしもメルリヌスさんの後を追いかけた。

 街の奥に、教会はあった。

 建物の見た目はムメイの街の教会と変わらない。

 教会に入ると、奥にある談話室へと案内された。促されて椅子に座ると、机には赤褐色の液体の入ったコップが置かれた。


「どうぞ。この教会で一番美味しい紅茶を用意させていただきました」

「これはどうも。歓迎してもらえているらしい」


 にこりと微笑んで、メルリヌスさんは紅茶に口をつける。それにならって、わたしも紅茶を口に運ぶ。

 飲み慣れないものだけど、香りは良い。


「わたしの名前はグレイ。この街の教会の神父をしております」

「これは丁寧にどうも。ボクの名前はメルリヌス。で、こっちがモルガーナだ」


 よろしく頼むよ、とメルリヌスさんはグレイさんに軽く微笑みかけた。グレイさんも、それに応えるようにこりと笑う。


「さて、早速本題に入ろう」


 音を立てることなく、メルリヌスさんはコップを机に置いた。


「ボクたちはこの教会の封印を解きに来たんだ。これ以上の説明は必要かな?」


 いえ、とグレイさんは首を横に振る。


「あなた方が、正確にはそちらの、モルガーナさんが救世主さまであることは理解しています。こちらには正しい予言が残されていましたから。と言っても、それだけで断定してしまうのはわたし自身どうかとも思ってはいますけどね」

「正しい予言、ってなんですか?」


 思わず口を挟むと、グレイさんはにっこりとわたしに笑みを向けてくれた。その笑顔は作り笑いではないようだが、それでも少し不安になる。救世主のくせに予言も知らないのか、と思われていないだろうか。


「今各地に伝わっている予言は不完全なものです。このフレウンにのみ、その予言の全文が伝わっています。ですから、救世主さま本人がご存じなくとも無理はないでしょう」


 そう言うと、グレイさんは深呼吸をしてその予言の内容を口にした。

 ——これは決められた終わりの話。始まりの話。

 作り話の世界の未来。御伽噺の行く末。

 ようこそお客さま。あなたが導くその子は世界の救世主。魔法使いの女の子。心を奪われさようなら。

 ようこそお客さま。あなたの心は育つでしょう。けれどもそこまで。二つに分かれてさようなら。

 王に導かれ、カミサマに導かれ、救世主はやがて城へとたどり着く。

 それがおしまい。それでおしまい。

 心臓が砕かれ王は消える。

 黒い影が、赤い瞳が闊歩する。

 封印の数は七つ。どうかお間違えのないように。

 全てを終えた時、玉座に戻るのは真の王。あなたが本当の王様になるのなら、きっとこの世界はこれからも続くでしょう。

 けれども忘れてはいけません。

 やがて太陽が昇る時。それが本当のおしまいの時。それまではどうか、救いを——。

 言い終えると、グレイさんはじっとわたしの顔を見つめた。


「予言にある救世主は魔法使いの女の子。ですからメルリヌスさんではなく、より若いあなたが救世主さまなのでしょう」

「はは。これは酷いな。ボクもまだまだ若い方だと思うのだけど」


 メルリヌスさんがケラケラと笑いながら口にすると、グレイさんは焦ったように手を振った。


「あ、いえいえ、そんなつもりはなく。ええ。メルリヌスさんも十分にお若いと思います。ただどちらの方が少女であるかと聞かれれば」

「分かっているとも。うん。この子が救世主さまで間違いないよ。実際、ムメイの街の封印を解いたのはモルガーナなんだから」


 ぽん、とメルリヌスさんがわたしの背中を叩いた。

 怒っていないメルリヌスさんに安堵したのか、グレイさんはふう、と息を吐く。


「そうでしたか。ああ、それにしてもまさか本物の救世主さまにお会いすることができるとは。いえ、以前の救世主さまが偽物であったと言いたいわけではないのですが」

「以前の救世主、って……」


 ああ、とグレイさんは頷く。


「ご存知ないかもしれませんね。救世主カルミア。この街出身の、前代の救世主さまです」


 これまでの笑顔よりも、幾分明るい表情を浮かべて、グレイさんは前代の救世主カルミアについて話し始めた。


「わたしが生まれる以前の話ですが、カノジョの言い伝えはこの街にしっかりと残されています。正確に言えば、この街以外にはほとんど何も伝わっていないのですが」


 救世主カルミア。

 今から五十年前に存在した偽物の救世主。偽物でありながら、それでもヒトビトを救いたいと願い、ヒトビトを玉座まで導いた救世主。

 白髪の髪に赤い瞳を持ったカノジョは、木でできた杖を片手にステラ各地を巡り、ヒトビトの信頼を集めていった。そうして主教も星教も関係なく、ニンゲンたちによる統治を求めてアステールのもとへたどり着く。

 だが。


「殺された?」


 予想外の発言に、メルリヌスさんは素っ頓狂な声を上げた。

 はい、とグレイさんは神妙な顔で頷く。


「カノジョは、カルミアは戴冠式のその当日に殺されてしまったのです。その後、戴冠式はアステールの手で滅茶苦茶に。カルミアの側近となる予定だったヒトビトは殺され、ヒトビトが集まって議論するために用意された館は燃やされた。そう言い伝えられています」

「カルミアはアステールに殺された、ということでしょうか?」

「それは、どう、でしょう。わたしもダレに殺されたのか、までは聞いていなくて。けれど、そう考えるのが自然でしょうね。ヒトビトがカルミアを殺すなんて、考えられませんから」


 それに、とグレイさんは言葉を続ける。


「アステールはヒトビトの統治を認めなかった。彼女がヒトビトによる統治を滅茶苦茶にしたのは事実です。彼女はニンゲンたちを自身の支配下に置いたままでいたかったのでしょう」


 苦虫を噛み潰したような表情で、グレイさんは忌々しげに言う

 カルミアのこと。その後の対応。それらのせいで、この街のニンゲンたちはみなアステールのことを嫌悪しているらしい。


「主教派と星教派の溝も深まりましたしね。カルミアは、ニンゲンたちを唆してアステールの怒りに触れた愚かモノだ、なんて言って」


 愚かモノ。ヒトビトを導いた救世主。

 カルミアは一体、どんなヒトだったのだろうか。


「ふむ。カルミアの存在は、モルガーナにとって目指すべき理想の一つかもしれないね」


 黙ってグレイさんの話を聞いていたメルリヌスさんが、口元に手を当てて話し始める。


「カルミアについて知ることができれば、モルガーナも自身の在り方を見つけることができるかもしれない。何か、参考になることがあるだろう」

「カルミアさまについて知りたいのでしたら、街の方々から話を聞くのもいいかもしれません」


 メルリヌスさんの言葉に、グレイさんはどこか嬉しそうな雰囲気で頷いた。


「出来事自体は五十年前のことですから、当時のカルミアさまを知る方も中にはいらっしゃいます」

「そうかい。なら、みんなに話を聞くのがよさそうだ」


 神父さまの提案に頷きつつ、メルリヌスさんが椅子から立ち上がる。


「とりあえず、フレウンの封印を解くのはその後でも遅くはない。行こうか、モルガーナ」

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