20/旅立ち

 メルリヌスさんから離れないよう気をつけながら、ムメイの街を歩く。

 青空の広がる気持ちの良い午前中なのだが、頭の中は不安でいっぱいだ。今はメルリヌスさんが魔法を使っているから、わたしたちの見た目は普通のニンゲンたちと同じようになっているだろう。星教派や警備隊に見つかる心配はないはず。

 それでも昨日のことを考えると、どうしても心配になってしまう。

 通り過ぎるヒトビトは、ダレもわたしたちの様子を気にすることはない。今のところ、警備隊ともすれ違っていない。

 大丈夫だと、自分に言い聞かせながら前に進み続ける。


「まずはフレウンの街に行こうと思う」


 隣を歩くメルリヌスさんが、そう言って次の目的地についての説明を始めた。


「星の心臓を守る封印は全部で七つ。ただ、その中で実際に機能しているのは三つ。そのうちの一つは昨日解いたムメイの封印。というわけで、残りは二つだ」


 メルリヌスさんは人差し指を立てる。


「まず一つ目はフレウン。ここから東に向かった場所にある。ここには主教派しかいないから、わざわざ姿を隠す必要もないだろうさ。ムメイの街からは歩いて一日程度で到着する」


 人差し指を立てたまま、次に中指を立ててメルリヌスさんは言葉を続ける。


「次にカントレッジ。フレウンよりもさらに東、森に囲まれた場所にある寂れた村だ。ここには星教派も主教派も存在しない。ここでも、ボクたちの姿を隠す必要は特にないだろう」

「とりあえず、この街を出るまでは姿を隠しておく必要がある。そういうことですね」


 そういうこと、とメルリヌスさんはにっこりと微笑んだ。


「で、この二つの封印を解いた後はこの世界の首都であるステラへと向かう。カントレッジからだと、歩いて大体八日くらいか。そこそこ長い旅になるけど、問題はないかな」


 問題は特にないだろう。そもそも、意見するような立場でもない。わたしはただ、自分の在り方を探すために……他にすることもないから、メルリヌスさんに着いていくだけだ。


「ああ、そうだ」


 何かを思い出したように、メルリヌスさんはぱんと手を合わせた。


「フレウンで一つ、やってほしいことがあるんだ」

「何でしょうか」

「うん。フレウンはさっきも言ったけど、主教派の街なんだ。その影響か、外と最も強い繋がりを持つ。だからこそ、してもらいたいことがあってね」


 わたしにできることだろうか。

 心配なのが伝わったのか、大丈夫大丈夫、とメルリヌスさんは軽い調子で笑う。


「なに、難しいことじゃない。外の、とある場所へと繋がる通路を一時的に作ってもらいたいだけなんだ」

「それは、何のために?」

「前にも少し言ったけどね、烏兎、という少女がいる」


 その名を口にした時、メルリヌスさんの瞳にわずかに影がさした。


「アステールを倒すために、彼女の存在が必要なんだ。カミサマを殺すことができるのは、彼女だけだからね。けど、彼女を呼びたいのはそれだけが理由じゃない」


 少しだけ俯いて、メルリヌスさんは続きを話す。


「彼女は仕事の時以外、ずっと塔に閉じ込められたままでね。いや、そうしているのはボクでもあるんだけど。そんな彼女に、直接世界を見せてあげたくて。ま、要するにお節介、ってやつさ」


 ぱっと、メルリヌスさんは顔を上げて、取り繕うような明るい表情を作った。


「どうかな、やってくれるかい?」


 特に断る理由もない。アステールを倒すために必要だというのなら、断ることもできないだろう。

 はい、と素直に頷くと、メルリヌスさんはどこか嬉しそうな雰囲気を纏って笑った。


「よかった。ありがとう、モルガーナ。烏兎はちょっと変わった子だけど、仲良くしてあげてほしい。よろしく頼むよ」


 と、話しているうちに東門が見えてきた。

 東門のそばには、複数の警備隊の姿があった。手には武器を持ち、周囲を警戒するように見渡している。

 メルリヌスさんは一瞬目を細めて、近くにあった民家の間にわたしを移動させる。そうして、微妙な表情を浮かべて建物の陰からカレらの様子を観察し始めた。


「困ったな。予想通りではあるけど、やっぱり警戒されてるね」

「当然だろう。昨日の今日だ。モルガーナが出て行かないように、モルガーナを捕まえるために、警備隊を増やしていても何もおかしくはない」


 それまで黙り込んでいたテイルも、こっそりと警備隊の様子を伺っている。


「出たいなら、あいつらをどうにかしないとだな。……できるかは分からんが、やらせてみるか」


 ふむ、とテイルは考え込むような仕草をした後、頷いてわたしの顔を覗き込んだ。


「モルガーナ、幻影を作るんだ。お前の偽物を、門から離れたところに創造してみろ。魔力を集めて、形だけ作ればいい。あくまで囮だから、中身まで作る必要はない」


 いきなり習っていないことをやれと言われても、できる自信はない。それでも、今はそうするしかないのだろう。

 頷いて、杖を取り出す。


「魔力、固定——」


 門から少しだけ離れたところに魔力を集める。そうして、わたしの姿形をその場に投影させる。外側だけ。あくまでも影を作るだけだ。


「——投影、完了」


 魔力はわたしの姿を映し出し、あくまでも外見だけの幻が完成した。


「! ——!」


 わたしの影に気がついた警備隊たちが、門から離れて幻へと駆け寄って行く。


「よし、今だ」


 メルリヌスさんの声に頷いて、急いで門を目指す。幻に気を取られた警備隊たちはわたしたちに気がつくことなく、必死に幻に向かって武器を投げていた。


「うん。見た目だけとはいえ、よくできている。偉い偉い」


 褒めるような言葉を漏らしながら、メルリヌスさんは満足そうに頷いていた。

 必死に足を動かして、門の外へと駆け抜ける。しばらく走った後、メルリヌスさんが、もういいだろう、と言って歩みを緩めた。

 門からは十分に離れている。警備隊はまだ幻に気を取られているのか、門の周辺にヒト影はない。

 はあ、と息を吐いて、視線を門から周囲の景色に移す。


「————」


 街で見ていたよりも広く感じる青空。どこまでも続いていきそうな草原。

 呆気に取られていると、メルリヌスさんがくすりと笑ってわたしの顔を覗き込んだ。


「どうだい、初めての街の外は」

「その、すごいです」


 すごいとしか言えなかった。

 広々としていて、開放的で。

 ああ、世界はこんなにも広かったのか。

 けれどその広さは、少し暴力的ですらある。空も地面も、少し間違えばこちらを呑み込んでしまいそうに見える。

 踏み固められた地面は真っ直ぐに東へ向かって伸びている。この道を歩いていけば、やがて一つ目の目的地であるフレウンにたどり着く。

 わくわくするような、少しだけ怖いような。複雑な感情が胸の中には渦巻いていた。

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