19/恋心

 ダレに起こされることもなく、自然に瞼が持ち上がった。

 いつも通り夢を視ていたけれど、その記憶も次第に薄れていくだろう。

 早朝の礼拝堂は冷える。

 昨晩は結局、みんなを埋葬してからこの礼拝堂を軽く片付けて寝床にしたのだった。

 珍しく自力で目が覚めたのは、あまり眠りが深くなかったせいだろう。ベッドよりも寝心地の悪い長椅子で寝たのだから、当然と言えば当然か。

 テイルはいまだ、わたしの足元で丸くなって眠っている。周囲を見渡すが、メルリヌスさんの姿はない。

 テイルを起こさないように、そろそろと長椅子から抜け出て立ち上がる。どこに行くつもりもなかったけれど、早く目が覚めたのにぼんやりしているのも落ち着かなかった。

 礼拝堂から外へと出る。外の空気もひんやりとして肌寒い。

 なんとなく墓地に向かってみると、メルリヌスさんが立っているのが目に入った。


「おはようございます」


 近づいて声をかけると、メルリヌスさんはいつも通りの胡散臭い笑みを浮かべる。


「やあ、おはよう。早いんだね」

「いつもはそんなことないんですけど、今日はなんだか早く目が覚めてしまって。ええと、メルリヌスさんはここで何を?」

「うん? いやなに、手を合わせておこうと思ってね。何もしない、というのは人間らしくないだろう?」


 よく見れば、みんなのお墓の前には花が添えられていた。メルリヌスさんが摘んできたものなのだろうか。


「それにしても、不思議だな」


 ぽつりと、メルリヌスさんがお墓に視線を向けたまま呟いた。


「キミを見ているとね、なんだか心が落ち着かないんだ。嫌な感じではないんだけど、そわそわするというかワクワクするというか。なんだか心地よい緊張感というか。感情が動くこと自体珍しいことなんだけど、これはなんだか、きっと稀な体験なんだろう」


 ふむ、とメルリヌスさんは口元に手を当てる。


「……もしかして、これが恋というやつかな?」

「——はい?」


 思わぬ発言に目を丸くしていると、メルリヌスさんはぱっと顔を上げて私を見つめる。その顔には、なんだか無邪気な子供のような表情が浮かんでいた。


「そうか! うん。いや、なるほど。これが恋か!」


 何やら自分の中で納得してしまったらしいメルリヌスさんは、嬉しそうにうんうんと頷いている。そうして、いつもの胡散臭い笑みではなく、心の底からの笑顔を浮かべた。


「分かった。分かったよ! なんだ、ボクにも感情がきちんとあるじゃないか! ボク、キミのことが好きだ!」

「ちょ、メルリヌスさん⁈」


 突然のことに頭がついていかない。なにやらわたしのことが気になると言われ、ヒトリで勝手にその感情が恋であると納得して、いきなりわたしに好意を示す。

 メルリヌスさんの感情の変化にも、思考の流れにもわたしはついていけていなかった。


「それは、その、勘違いじゃないんですか。わたしなんて、好かれる理由はないですし」

「そんなことはないとも。だってキミ、可愛いし。うん。一目見た時、どうして一瞬思考が止まってしまったのか、その理由がようやく分かったよ。一目惚れ、ってやつさ」


 メルリヌスさんは嬉しそうにわたしの手を掴んで、ぶんぶんとその手を振る。


「嬉しいな、嬉しいなあ。初めて誰かを好きになったよ。あ、でもそうか」


 と、ぴたりとメルリヌスさんは手を振るのを止めた。


「ボクの気持ちだけじゃなくて、キミの気持ちも大事か。うん。モルガーナはボクのこと、どう思っているんだい?」

「どう、って」


 じっと翡翠の瞳が何かを期待するようにわたしを見つめる。それにドキリとしながら、わたしはメルリヌスさんから顔を逸らした。


「えっと、その、メルリヌスさんのことは嫌いではないです。けど正直、まだよく分からないというか」

「ふむ。まだまだこれから、ってことか。そっか。どうしたらキミに好かれるんだろう」


 うーん、とメルリヌスさんは悩ましげに首を傾げる。そうしてうんうんと唸った後、あ、とわずかに目を見開いた。


「そっか。ボクももっと、人間らしくなればいいのか」

「えっと、それはどういう」

「だって、キミはとても人間ニンゲンらしい。本来ならそんな必要なんてないのに、キミはそれを自然に獲得している。多分ボクは、キミのそういうところも好きなんだと思う。ボクたちには不要なはずのそれを、どうしてキミは自然に獲得しているのか。まあ、おそらくはバグのようなものなのかもしれないけど」


 …………?

 訊いてみたはいいが、ますます分からなくなってしまった。

 メルリヌスさんは気にした様子もなく話を続ける。


人間ニンゲンらしいキミに釣り合うためには、ボクも人間らしく振る舞う必要があるはずだ。うん。そうと決まれば、ボクはキミからたくさん学ばなきゃいけない」


 わたしの手を離して、メルリヌスさんはよし、と両手をぐっと握りしめた。


「うん、頑張らないとだ。できるかどうかは分からないけど、キミに好かれるためにも、キミに釣り合うためにもボクも努力をするよ」

「はあ」


 よく分からないけれど、メルリヌスさんはなんだか楽しそうだ。


「あ、モルガーナは深く考えなくていいよ。無理に人間ニンゲンらしく振る舞おうとしなくていい。いつも通りのキミでいてくれれば、それでいいから」

「よく分からないけれど、分かりました」


 頷くと、メルリヌスさんはにっこりと自然な笑顔を浮かべた。これまでの胡散臭い笑みだって、整っていて綺麗だった。けれども今の笑みは、本当に自然で、なんだか胸のあたりが落ち着かない。


「さて、そろそろ朝食にしようか。今日からはボクも、一緒にご飯を食べることにするよ。食事を終えたらさっさと出発しよう。あんまり長居すると、危険だろうからね」

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