21/師匠
外の世界に圧倒されていると、ガサガサと草むらから何かが動いているような音が聞こえてきた。それも、複数。それは段々と、遠くからこちらに近づいて来ている。
「な、なんの音ですか」
杖を握りしめて周囲を見渡す。と、突然草むらから黒い塊がわたしに飛びかかってきた。
「っ!」
それを、ギリギリのところで杖で受け止める。
黒い塊からは長い耳のようなものが生えており、丸いフォルムをしたそれは杖に弾き飛ばされて地面に着地した。
ガサリと草むらを揺らして、同じような個体が複数姿を現す。
「もしかして、魔物?」
「うん、その通り。いやあ、いきなり登場するとは思わなかった」
呑気な声を出しながら、メルリヌスさんがわたしを庇うように前に立つ。とはいえ、囲まれているのでその行為にはあまり意味がないような気もする。
メルリヌスさんは杖を編み上げると、それ、と軽い掛け声と共にそれを振った。その動作と同時に、複数の蔦が地面から伸びる。突如発生した蔦は魔物たちを縛り付け、その動きを封じた。
「これで魔法を当てやすくなっただろう。あとはキミに任せるよ。あいにく、ボクは戦闘魔法が得意ではなくてね」
よろしく頼むよ、なんて軽く言って、メルリヌスさんはパチリと右目を閉じた。
「わ、分かりました」
頷いて、杖に魔力を通す。
「魔力固定——
使い慣れた氷刃を利用して、周囲にいた魔物たちの命を奪う。数個の刃を突き刺すと、魔物たちは呻き声を上げてびくりと大きく身体を震わせて、それから全く動かなくなってしまった。
風が吹く。
魔物たちの身体はさらさらと崩れ落ちて、そのまま風に乗ってどこかへと飛んでいってしまった。
ぱちぱちぱち、と手を叩く音。メルリヌスさんは杖を片付けて、笑顔で拍手をしていた。
「お見事。教会の時も思ったけど、キミはある程度戦闘用にも調整されているらしい。強力な魔物相手では手こずるだろうけど、今の、低級の魔物くらいなら一人でもこなせそうだ」
「ヒトリで、は難しいかもしれません。動く相手に魔法を当てるのは、まだあんまりしたことがないから。メルリヌスさんが動きを止めてくれたから、すんなり倒せたんです。ありがとうございました」
本当にヒトリで戦っていたら、あっという間にわたしの方が倒されてしまっていただろう。戦闘慣れしていないし、そもそも魔物を見たのだって初めてだったのだ。
「魔物も魔人も、同じように塵になって消えてしまうんですね」
気になったことを呟くと、メルリヌスさんはうん、と頷いた。
「世界のゴミが集まって固まっただけのモノだからね。倒せばまたただのゴミへと戻る。ま、しばらくしたらまたどこかで集まって固まって、そうして魔物へと戻ってしまうんだけど」
そういうものなのか。なら、倒してもあまり意味はないように思える。
「まったくの無意味、というわけでもないさ。ゴミが魔物へと変化するのにはそれなりの年月がかかる。だから、一度倒せば数年の間は魔物の数は減ったままだ。この世界のゴミは増え続ける。魔物の数を少しでも減らしておかないと、世界は魔物で溢れかえってしまう。それを防ぐためにも、定期的に魔物を倒すのは必要なことなのさ」
「そうなんですね。わたし、魔物のこともあまりよく知らなくて」
知っていることといえば、魔物を倒すのには魔力を纏った武器が必要ということくらいか。しかしそれならば、警備隊のヒトたちはどうやって魔物退治をしているのだろうか。
歩き始めながら、メルリヌスさんが人差し指を立てた。
「よし。じゃあ少し、魔物について説明しておこう」
後を追いかけながら、お願いしますと頷く。知識は少しでも多い方がいいだろう。
「この世界における魔物というのは、前にも言ったけど世界のゴミが集まってできたモノだ。彼らに知性はなく、また意思もない。だからといってぼんやりと立ち尽くすわけでもなく、無差別にヒトや動物を襲う。基本的には動物たちと似たような姿をしていることが多いけど、その姿は魔人と同じで影のように黒く、赤い瞳を持っている。動物ではないから、彼らは食事を必要とはしない。それでも他の存在を襲うのは、まあ、本能のようなものなんだろう」
「危害を加えるのが本能、ですか?」
「うん。所詮彼らは世界のゴミだ。世界のゴミっていうのはね、世界を構成する上で不要な部分。それから、あるだけで害になるようなもの。そういうネガティブな要素の塊なんだ。だからこそ、ヒトに害なす存在となるのは当然のことなんだろう。さて、彼らを倒すには魔力が必要不可欠だ。固まりきった世界のゴミを分解するのに、魔力が必要となる。普通の武器であれば、傷一つつけることはできない」
なるほど。魔物を倒すという表現は正確ではなく、正しくはその存在を分解して元のゴミに還しているわけだ。
「警備隊たちが魔物を倒せるのは、アステールが用意した武器を使用しているから。彼女の用意した武器には魔力が込められている。だからカレらは魔物退治なんて普通のニンゲンではできないことができるんだ。アステールが魔物退治をさせている理由については、さっき言った通り。世界を魔物だらけにしないため、だろうよ」
それを聞くと、アステールはきちんとステラを統治しているように思える。そんなヒトがどうして魔人を放置しているのか。
ううん、それだけじゃない。
ニンゲンの成長を妨げたり、学問を禁止したり、そもそも文字を記すことを取り締まったり。それから、救世主を匿ったヒトビトを殺したり。
いったい、カノジョは何を考えているのだろうか。
不思議には思うものの、それを確かめる方法は今はない。
「魔物についてはこんな感じかな」
「教えてくださってありがとうございます。メルリヌスさんは、色々知っていてすごいですね」
素直な感想を口にすると、メルリヌスさんはぱちぱちと瞬きをする。そうして、照れ臭そうに頭を掻いた。
「いやあ、そうかな? モルガーナの役に立てたなら嬉しいんだけど。あ、ついでに魔法についても説明しておこうか」
それはありがたい提案だ。
「ぜひ、お願いします」
任せたまえ、とメルリヌスさんは胸を張る。どこか演技をしているような言動なのだが、それでも今、メルリヌスさんが楽しそうにしているということははっきりと分かった。
「まずは、キミの属性や性質についてかな。ああ、言わなくても大丈夫。ボクはそういうのを見極めるのが得意でね。属性は海、性質は変質、幻、侵食……と、維持か。なるほどね」
ふんふんとわたしを見つめて頷くメルリヌスさん。
「性質に関しては他にもあるかもしれないけど、今確実に言えるのはその四つかな。で、魔法についての説明だね」
こほん、と咳払いをして、メルリヌスさんは話し始める。
「基本的にこの属性だとこの系統が得意、というのはもちろんある。けど使える魔法は属性以上に、その性質に左右されるんだ。幻術や暗示、水や氷魔法は海属性に関連するものではあるけど、だからといって海属性なら誰もが得意とするというわけでもないんだ。キミの場合は、それらが得意な性質なんだろうけどね」
言いながら、メルリヌスさんは空中でくるくると指を回す。
「さて、性質についてだね。性質というのは一つではない。その存在が所有する性質は複数ある。さっき言った四つだって、キミを構成する性質の全てではないだろう」
「他にもあるかもしれない、ってことですね」
うん、とメルリヌスさんは頷く。
「性質の最低数は一つ。平均的には三つから五つ。多い存在なら十以上。まあでもキミは並だから、あってももう一つか二つかな」
まだ知らない性質があるのなら、使えるようになる魔法は今以上にあるということだ。そもそも、今言われた性質の魔法だってまだまだ上達する可能性はある。あくまで、可能性は、だけど。
ふむ、とメルリヌスさんは口元に手を当てる。そうして何かを考えるような仕草をした後、うん、と頷いて口を開いた。
「ボクでよければ、魔法の指導をしようか」
思いもよらぬ提案に、考えるよりも先に頷いていた。
「お願いします。使える魔法は多い方がいいですから」
「ふん。早速師匠気取りか」
と、テイルが気に食わないといった声を出す。
「さすがは創作、選定の性質を持つ存在だ。他人の属性や性質を読み取るのはお手の物。ついでにそれを伸ばす能力も備えている。たしかに、わたしが指導するよりも成長をするだろうよ」
もしかして、不貞腐れているのだろうか。
「テイルの指導が悪いわけじゃないよ。テイルのおかげでできるようになったこと、たくさんあるし」
「慰めは結構。いいさ、適材適所だ。しばらくメルリヌスに習うといい」
ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らして、テイルはそっぽを向いてしまった。
別にテイルだって指導者に向いていないわけではないだろう。まだ耳にしていないメルリヌスさんの選定という性質を見抜いたのだから。
「それじゃあ旅の間、いくつか魔法の指導をするとしよう。うん。烏兎はボクの指導を必要としていなかったし、モルガーナがボクにとって初めての弟子になるわけだ」
うんうん、と満足そうに頷くメルリヌスさん。
「ようし、張り切っちゃうぞー。魔法でもなんでも、気になることがあったらどんどん質問しておくれ。できる範囲で答えるとも」
メルリヌスさんはにっと嬉しそうな笑みを浮かべる。
それに、なんとなくわたしも嬉しい気持ちになった。
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