18/カルミア3
旅の途中、わたしは何度かカルミアのもとを訪れた。旅立つ以前よりも会う頻度は減っていたが、それでもカルミアとの関係は何も変わらなかった。
各地を周り、ヒトビトの信頼を積み重ねていったカルミア。次第にカノジョの仲間は増えていき、カノジョのそばにはいつもダレかがいるようになった。
そうなるとカノジョと話をすることも難しくなっていったのだが、それでもカルミアがヒトリの時を狙って、わたしはカノジョとの交流を続けていた。
夜遅く。ダレもが夢を見ている頃。
ヒトリ焚き火にあたるカルミアのそばに、いつものようにわたしは姿を現した。どこか落ち込んだ様子で身体を暖めていたカルミアは、わたしを見つけると見慣れた笑みを浮かべる。
「テイル、久しぶり」
「ああ、久しぶりだな」
そう挨拶をして、カノジョのそばに寄り添う。
そうしていつも通りカノジョの現状報告を聞いていると、不意に、カルミアは口を閉ざした。
そうしてしばらくもにょもにょと口を動かした後、寂しげな表情を浮かべたカルミアは秘密を打ち明けるように、静かな声で話し始めた。
「私ね、叶えたい夢があったんだ」
アステールと話し合いたいとか、みんなを元気にしたいとか、そういうことじゃないのか。そう思っていると、カルミアは照れ臭そうな笑みを浮かべる。
「あ、今やっていることだってそうだよ。けどそうじゃなくて、ほんとに、わたしが願っちゃいけないようなことなの」
願っちゃいけないような願いなどないというのに、カルミアは悲しそうな声で呟く。
「なんだよ、言ってみろ」
それに少しだけ苛立ちを感じながら、その夢とやらを語るように促した。カルミアはしばらく黙り込んだ後、そっとその夢について語り始めた。
「たとえば、普通の女の子みたいに可愛い服を着て、髪を結んで、髪飾りなんて付けて。それで、友達や恋人と街を歩くの。あ、恋人は別にいらないか。ちょっと憧れがあるだけで、欲しいわけじゃないんだ。好きなヒトがいるわけじゃないから。えっと、それでね。それで、美味しい食べ物を食べたりお洋服を買ったりするの。それで、なんでもない話をして。そうして一日を過ごして、ああ楽しかったっておうちに帰るんだ。それで、ゆっくり、暖かい布団で眠るの」
「————」
それは、それはあまりにも。
だってそんなの普通の日常じゃないか。ダレもが受け取るべき平穏じゃないか。あって当たり前じゃなきゃいけないものじゃないか。
ああ、なんて馬鹿だったのだろうか。そうだ。この子はただの少女だ。普通の女の子だ。どこにでもいる子供だったのだ。
ただ魔法が得意なだけの、ただの——。
「っ、叶えればいいじゃないか。今からだって遅くない。旅なんて放り出したって、ダレもお前を責めやしない。なんなら、お前が憧れてたカントレッジの奥にでも住んでゆっくり暮らせばいい。あそこには子供は少ないし店だってないが、それでもお前の願いを少しくらい叶えることはできるはずだ。だから」
だから今すぐ、やめると言ってくれ。
そう口にする前に、カルミアはゆるゆると首を横に振った。
「ううん。それはね、許されないよ。だって私は救世主さまだもん。そうなるって、決めちゃったから」
「なんで、そうなるんだよ」
「個人の、私の幸せを求める権利は、私にはもうないの。救世主さまになるって決めた時点で、私個人の夢も願いも、叶える資格はなくなっちゃったんだ」
はあ、とカルミアがため息を吐く。
「みんなのために生きるってことはね、個人の幸せを捨てることなんだ、って。神父さまにも言われたことがあったけど、私、よく分かってなかった。でも今なら分かるよ。そうしなきゃ、みんなを幸せにすることなんてできないから。個人の意思がないわけじゃないんだ。でもそれでも、みんなのために生きると決めたのなら、徹頭徹尾それを貫かなきゃいけない」
「そんなの、おかしいだろ」
おかしいと、口では言ったけれど。それでも、わたしにだってその言葉の意味は分かる。どうしようもないくらい、分かってしまうのだ。
「でも、お前は今ならまだ」
「やめないよ。ここまでみんなに期待させておいて、それでやっぱりやめますなんてできない。それに、私がみんなを助けたいのは本当だから」
へにゃりと、力なく笑うカルミア。本心からの笑みではあるけれど、その笑顔はどこか泣きそうで。
「でも、よかった。テイルがいてくれて。ありがとう、テイル。あなたがいなかったら、私はとっくに駄目になってたかもしれないから」
「…………」
夜が明ける。ヒトビトが起きてくる。
そろそろ今日は帰らなければならない。
間違いだった。カノジョをヒトリにしてはいけなかった。救世主なんて、反対するべきだったんだ。
それでもカルミアは笑う。自分の意思を貫くと言う。
止めることはできない。止まることもないのだろう。
それでもこの先に、カルミアに何か報酬があってほしいと、カノジョには報われて欲しいと、心の底から願っていた。
これが、最後にカルミアの弱音を聞いた日だった。
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