第8話 ひとつの結末を迎えて

 怒る民衆が決起した日。


 教えに反してまで、隣人でもある国民に手をかける事ができない騎士団は、群衆の波に押され、城内への侵入を許してしまっていた。


 そのまま何もできなければ、暴徒と化してしまうおそれがあった。


 そうなれば犠牲者が出てしまう。


 そんな中、混乱した状況下でもその人の姿は多くの民衆の目を惹きつけたと、後に聞いた。


 興奮状態にあった人々の前に、純白のマントをまとったオスニエル様が姿を現すと、どの人も、目を見張り、動きを止めて、固唾を呑んで見つめていたという。


「陛下は、異端の悪女にそそのかされ神の怒りに触れてしまいました。心を病み、今はその御身を浄化する為に大神官の御手に委ねられています。皆はどうか心を鎮め、信徒として恥じない行いをしてください」


 静かに語り始めたオスニエル様の言葉に、誰もが耳を傾けていた。


 声を張り上げていたわけでもないのにその声はよく通り、誰の耳にも届いていたと。




 アンドレアが、子供のまま全く成長できなかったのが悲しい。


 私が子供の頃にあんな事を言わなければ、アンドレアが自分の責務を理解して、こんなに拗らせることはなかったのか。


 過ぎた事を悔やんでもどうしようもない。


 オスニエル様によって騒動が終息すると、私は、大聖堂の地下牢に幽閉されているアンドレアに会いに行った。


 彼がここにいるのは、神の怒りに触れたアンドレアを守るためと、表向きはなっている。


「ジェマさんの事が大切なら、どうして、もっと考えて行動できなかったのですか?」


 無駄だと思っても、それを問いかけていた。


 私が声をかけた途端に、アンドレアは鉄格子に飛び付いてきた。


「お前だ!!お前が俺達の幸せを邪魔して嵌めたんだ!!」


 怒りに任せたアンドレアの叫び声だけが虚しく響く。


 そんな彼の姿を憐れに思っていた。


 私は何もしていない。


 私だって、国に混乱を招きたくはなかった。


 耐える事をやめて、ただ起きた事に対して当たり前の事をしただけだ。


 アンドレアとジェマの結婚式の騒動だけは、ハリソン様が紙に細工をしたとは聞いたけど。


 ハリソン様は、必要な事であったとしても罪を犯したからと、今は神官を辞して見習い聖職者と共に奉仕活動に従事されている。


 いくら子供に罪は問わないとは言え、鹿狩りの一族の者を国母とする事はできなかったのだ。


 ジェマを引き取った両親も、自分達が貴族になるとは、当初は思っていなかったとも話していたし。


「私が行なったことは、貴方と離婚しただけです。その後に、オスニエル様から再婚の提案をいただいたから受けたのです」


「貴様が叔父貴と再婚とはな。叔父貴は騙されているんだ。どうやって、叔父貴を誑かしたことか」


 今もなお、アンドレアは憎々しげに私を見ている。


 逆恨みもいいところだ。


「今までは、私の家がジェマさんの秘密がバレないように尽力していました。私も、縁があってアンドレア様と結婚したのだから、王家の安寧の為に王妃として王の愛妾を守るつもりでした。でも、離婚したことによって、私達は貴方とジェマさんの関係に何の義務も無くなりました。だから新聞社は自由に報道を始めたのです。保守派の者達が贅沢に振る舞うジェマさんの秘密を暴く為に」


 アンドレアに知らされていなかった事を告げる。


「ジェマさんは、アンドレア様が街でお会いした女の子ではありません」


 今だからわかる。


 町で出会った少女と仲良くなったアンドレアの事を懸念して、お父様達は私とアンドレアの婚約を進めたのだ。


 私がアンドレアに興味を持った事を幸いとばかりに。


 まさか暴力を振るうまで私の事を虐げるとは思わなかったようだけど。


「オスニエル様も、ただ、目の前の義務をこなしただけです。オスニエル様は、貴方がしっかりしていたのなら、誰とも結婚するつもりはなかったと仰っていました。オスニエル様は、私が可哀想だったから結婚を考えてくれただけです」


 アンドレアと国の事を想って。


 英雄と呼ばれた行為も、たまたまだ。


「不運にも密猟者が現れて、愚かにも公道を破壊して、だから鎮静と復興に務めた」


「ジェマが偽物だと言いたいのか!ジェマはどうした!!貴様、ジェマに手を出したら」


「ジェマさんには選んでもらいました。アンドレア様と共に生涯幽閉されて緩やかな閉塞の中で暮らすか、少しのお金を受け取って、元の名前に戻り、自分の生まれ故郷で慎ましやかに暮らすか。お会いになりますか?私の口からでは信用できないでしょうから。本当は今日この場にお連れするつもりでしたが……」


 彼女がここにいない時点で何を選択したのかはわかるはずだ。


「ジェマは……きっと……俺の負担にならない為に……自ら身を引いて……」


「ええ。きっとそうだと思います」


 それがアンドレアにとって都合が良い解釈なら。


「できるだけ不自由のないようにしますので、どうか、ご自分を大切になさってください」


 アンドレアは驚いた様子で私を見た。


 まさか私が気遣うような言葉をかけるとは思わなかったのだろう。


 今、初めて私の姿をちゃんと見たといった様子だ。


 膝をついて、鉄格子を握りしめて、呆然と私を見上げていた。


 私は背を向けると出口へと足を向けた。


 その去り際だった。


「ま、待ってくれ。俺は君とやり直す。今度こそ、君を大切にする。だから、ここから出してくれ」


 そんな声がかけられた。


 その場しのぎの言葉に、私とやり直すなどと口にしてもらいたくはなかった。


「今さら、あり得ません。私はオスニエル様と結婚します。それは、神の前で誓ったもので、覆すことはできません。もう、貴方に尽くす気持ちは無惨にも壊され、踏み躙られてしまいました。もう、二度と修復は叶わない事でしょう」


 振り返らずその場を後にし、二度とアンドレアと会う事はしなかった。


 この数日後、身元不明の金髪の女性の遺体が川に浮いているのが見つかった。


 金品を強奪されており、おそらく野盗に襲われたのだろうと思われたが、アンドレアにそれが知らさることはなかった。



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