第9話 後悔とその先に
アンドレアが迎えた結末は自業自得であって、私には未練など何も無いし、同情もできない。
オスニエル様もそれでいいと仰ってくれていた。
ただ、オスニエル様は私とは違い、複雑な思いでいたようだった。
オスニエル様には、後悔している事があったのだ。
前王が急逝した時に、自分が身を引いて陰ながらアンドレアを支えた方が最善だとその時は思っていたそうだけど、もしかしたら、自分が王となってアンドレアの初恋を守ってあげた方が良かったのかもしれないと。
たとえ相手が偽物のジェマだとしても。
密猟者の娘だったとしても。
牢獄で過ごしているアンドレアに会いに行ったオスニエル様は、彼に罵られる事を甘んじて受け入れていた。
オスニエル様は、時間の許す限りアンドレアの元を訪れ、鉄格子越しに対面し続けていた。
最初こそ感情的になっていたアンドレアだったけど、オスニエル様が根気強く声をかけ続けた結果、冷静に話し合える状況にはなっていた。
その過程で、私に対していかにアンドレアが非道であったかも説いてくださっていた。
「アンドレア。君が今まで生きてきた中で、フリージアさんの事を少しでも考え、気遣いを向けた事があったか?」
「どうして俺があんな女のことを。あの女は俺を見捨てた、薄情な女だ」
「フリージアさんは、11年もの間、自分の人生を犠牲にして国と君に尽くしてきた。君のために尽くしてきた。自分の時間を楽しむ事もせずに。厳しい王妃教育をこなし、敬虔な信者として慎ましく清らかに生きて。君はその間に何をしていた?自分の為だけに、自分の欲を満たす為だけにジェマと過ごしていたのではないか?フリージアさんを蔑ろにし続けて」
オスニエル様は諭し続けた。
ジェマの事も説明し、アンドレアはようやく私の言葉を理解していた。
ジェマと自分が永久に結ばれる事はないのだと。
自分が出会ったジェマは、もうすでにこの世にはいないのだと。
「君がフリージアさんを大切にしていれば、また違った未来になっていたかもしれないんだ。何故、こんな結果になってしまったのか、よく考えてほしい」
アンドレアはその考えに行き着くと、愕然とした顔でオスニエル様の顔を見つめ、自分がいかに甘え、守られていたか思い知ったと言っていたそうだ。
最後はフリージアに謝りたいと、顔を覆って泣き崩れていたと。
彼がいくら望んだとしても、彼の悔やむ気持ちを軽くするためだけに私が会う事はなく、アンドレアが落ち着きを取り戻して話ができるようになった時点で、地下牢から空が見える居住場所へと移ってはいたが、彼は生涯、表舞台に姿を見せる事はできなかった。
「オスニエル様、大丈夫ですか?」
一人で何もかもを抱え込んでいないか心配になって、声をかけた。
今日は私達の婚礼の日だ。
そして戴冠の儀も行われる。
私は、再び王妃となる。
そしてオスニエル様は国王に。
すでに心は決まっているので、これからは何があっても国のために生きるつもりだ。
「お気遣い、ありがとうございます。今日の貴女は、より一層美しいですね。やはり、貴女は敬われるべき女性です」
正装姿が神々しい方から、眩しいものを見るかのような視線を向けられると、ソワソワと落ち着きを無くしてしまう。
成人してからは城にこもってばかりで、あまり社交の場に出してはもらえなかったから、こんな時にどんな風に受け答えればいいのか。
もちろん、オスニエル様は社交辞令で言ってくれているので、当たり障りなく答えればいいのだろうけど……それにしても、真摯で、それでいて熱っぽさを感じられる眼差しを向けられているから……
「ありがとうございます……オスニエル様も……オスニエル様がそう仰ってくださるなら、それに見合う者になりたいと思います」
重要な儀式に挑む前の、二人だけの穏やかなひと時。
私とオスニエル様は見つめ合う。
これから長い時を一緒に過ごし、重要な役割を担うパートナーとなる。
二度目の結婚なので、ほんの少しの不安はあった。
そんな不安を見透かされたようで、
「貴女に王妃という重圧を再び課し、こんな年上の男が貴女の再婚相手で申し訳ないと思っています。ただ、私は、貴女の幸せを願っていて、それを叶える事ができる栄誉を私に与えてもらえるのなら、全力で貴女の事を守ります」
「ありがとうございます。私の方こそ、オスニエル様は勿体無いほどの素敵な方です。私も、オスニエル様をお支えします」
オスニエル様の言葉は私の気持ちを再び楽にしてくれていた。
大丈夫。
アンドレアの時とは違う。
この方は信頼できる方だ。
オスニエル様から差し出された腕に手を添えて、二人で並んで多くの人が待つ大聖堂へと向かった。
私達の結婚式は、公王であり、大神官でもある方が立会人としてわざわざ見届けてくださった。
それだけでも、再婚となる私への国内の貴族からの印象も変わる。
離婚した元王妃が再び新たな国王の妃となるのは、さすがによくある事などではなかったから。
ドレッド公爵家のみならず、公国が私の後ろ盾となってくださっていると共に、大神官様からの祝福も受けられて、心強い限りだ。
これからはオスニエル様を心からお支えし、国の発展の為に尽力していきたい。
神が認めた新国王と王妃。
大神官から戴冠されたオスニエル様は、誰もが認める姿をされていた。
一通りの儀式が終わり、大神官様と、他の方と共に公国へ向かわれる元上級神官のハリソン様をお見送りすると、大聖堂の控室に戻ってほっと息を吐いていた。
これからお城に戻って、早速やるべき事に取り掛からなければ。
気持ちを引き締めたところで、オスニエル様に声をかけられる。
今はまた、私とオスニエル様しかこの場にはいない。
「フリージアさん」
「はい。どうか、フリージアとお呼びください。陛下」
「それならば、私の事もオスニエルと呼び捨てにしてください」
「いえ、それはできません。畏れ多い事です」
「……フリージアさん」
「はい」
呼び方については、保留にされたようだ。
「結婚式の前にも誓いましたが、私は貴女の事を尊重し、大切にします。私と同じ想いを貴女に求める事などはいたしませんが、私は貴女のことを唯一無二の女性と思っています。国民を愛する想いとはまた違った感情を貴女に抱いている事を知っておいてほしいです」
「はい」
オスニエル様の言葉をちゃんと聞いているつもりだった。
ただ、理解するには少し時間差があった。
「…………えっ?」
「この想いは、決して義務感などではありません。この歳になって初恋を迎えた愚かな男を、どうか笑わないでやってください。貴女の事を心から愛しています」
そう言って微笑むオスニエル様は、どう見ても大人の風格を持つ頼もしい姿で、どこにも笑うところなんかない。
それで、狼狽えたのは私の方だった。
初恋?
王妃たるものが、人前で狼狽えるなどあってはならないものだけど、夫婦となったばかりの男性に、今、間違いなく愛の告白を受けている。
大きな責任を背負った政略結婚。
そのつもりで、オスニエル様とは良い信頼関係を築けていけたらそれでいいと思っていたから、目の前の素敵な男性からそんな事を言われれば、恋愛など経験した事がない私が狼狽えてしまうのは当然の事だった。
勉強と公務と奉仕活動ばかりの私の人生。
王妃教育では男性とのお付き合いの仕方など教えてもらっていない。
ましてや、目の前の方は、もうすでに夫となった方だ。
これから先、ずっと一緒にいる……
「貴女を急かすつもりはありません。ゆっくりと私の事を知ってもらいたいと思っています。お互いに忙しい身の上ではありますが、貴女との時間は大切にしたい」
「は、はい……」
胸がいっぱいで、今まで経験した事がないほどの感情が溢れ出している。
少なからず好意的に思っている相手に、愛していると言われただけでこんなにも満たされてしまうものがあるだなんて。
「国民が私達を待っているので、行きましょうか」
私に手を差し出してきたオスニエル様を見上げる。
これから私は、私達はどんな風になっていくのか。
大きくて信頼できる手に自分の手を重ねながら、幸せな未来しか想像できないでいたのだった。
蔑ろにされた王妃は見切りをつけた。なお、王が気付いた時には手遅れでした 奏千歌 @omoteneko999
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます