33.解雇な


          *


 一週間で確定するのが習いだったお見合いは、思いもよらぬ展開と松ぼっくりちゃんの宣言のため、前例のない、たったの四日間で幕を閉じてしまった。


 一幕の後。珸瑶瑁ごようまい先生と偽古庵にせこあん様は『海螢うみぼたるの間』で向かい合った。


「――終わったなぁ」

「はい」


 壁に背を預けて片膝を抱いている偽古庵にせこあん様のかたわら、珍しく珸瑶瑁ごようまい先生は胡座あぐらをかいて座り込んでいた。二人の間には沈黙が落ちがちとなり、どうにかすると聞こえてくるのは互いの呼吸だけと云った時間が、ここ数分だらだらと続いている。


 珸瑶瑁先生が「立破りっぱ殿には、申し訳のないことをいたしました」とつぶやいたのは、そんな一瞬の間をってのことだった。


「――ほんまやな」


 偽古庵にせこあん様は静かに頬杖をついた。その頬に浮かぶのは、満足と、それとは相反する喪失感らしきもの。


「なぁ珸瑶瑁ごようまい。――多分立破りっぱはんは、最初っから松ぼっくりちゃんが公主はんなんやて気付いとったんやろな」

「ええ」

「お前は、いつごろ気付いたんや?」

「『はじめのご対面』後で、松ぼっくりちゃんと少しだけお話をしました。それから立破さんに問われて『将来の夢』を口になさったでしょう」

「ん」

「立破殿がまにまにの住民とチャットなさっていたと聞いて、あの日――二日目ですから四月三日の月曜日ですね――インターネット・カフェに顔を出してネットに接続してみました」

「お前、まさか違法行為……」

「まあその点はおいておきまして。そのチャットの足跡を確認してみました結果、あの時彼女が少しだけお話くださったことと内容が被っていたのですよ」

「それで」

「皮肉な話ですが、それはつまり、あの時点で松ぼっくりちゃんが、我々に対し全く心を砕いていなかったことの証明でもあったのですね。彼女は本と物語を好きだけれど、そのために木々が伐採される事実に心を痛めていた。夢の矛盾を心に秘め、矛盾に諾々だくだくとして小さな胸を痛めていたのです」

「女の子いうのは複雑なもんなんやな。いや、繊細なんか」


 溜息をいた偽古庵にせこあん様に、珸瑶瑁ごようまい先生は「ふふふ」と笑った。


「十二といっても女性は女性ですよ。特に松ぼっくりちゃんは聡明な方ですから。――立破殿が仰っていたように」

「ほな、結局お前はその時に初めて気付いた云うことか」

「いいえ」


 首を横にふった珸瑶瑁先生に、偽古庵様は動作を止めた。


「ほな、いつから」

「松ぼっくりちゃんが公主様だと云うことには、私も『はじめのご対面』から、うすうす気付いていましたよ」

「最初から?」

「ええ」


 珸瑶瑁ごようまい先生はさらさらと微笑んだ。


金壷かなつぼ殿は働き者特有の動作をなさるし、歌枕うたまくらさんは私と同類に見えたので。となると残るは松ぼっくりちゃんと鬼打木おにうちぎ嬢のいずれかになります」

「ほな、鬼打木おにうちぎはんを切ったんは、なんでや」


 云ってから、偽古庵様は眉根をよせて「まさか、俺らがないもんと考えようとしたからか?」と続けた。

 しかし、珸瑶瑁ごようまい先生は首を横にふった。


。私がなぜ見当をつけようとしていたと思うのです。偽古庵様と本物の公主様がお近付きになられるよう、取り計るためではありませんか」

「おいおい」

「それ以外に理由などなかったのです。しかし、偽古庵様がおしあわせでなくては意味などありません。あの鬼打木嬢が本物の公主ならば、この御縁談、私の独断と偏見で、こちらからお断りの運びにするつもりでした」

「そらまあ、それに関しては、お前がおとんから一任されとんねんから、構わへんねやけどな……」

「ええ。私、鬼打木嬢はいらないと思ってしまったのです。彼女のような人は、偽古庵様のお心には毒にしかならない。――ですが」

「ですが? 何や」


 そこで初めて珸瑶瑁先生は照れて笑った。


「お怒りにならないで下さいね、偽古庵様」


 云ってから、一つ前髪を掻き揚げて、上体を前屈みにした。


「私、松ぼっくりちゃんが困った顔で私を見ながら、不安そうにしているのを見て、思ってしまったのですよ」

「どないに」



他人ひとに渡すのは惜しい――と」



珸瑶瑁ごようまい――」

 がっくりと肩を落とし、偽古庵様はどおっと溜息を吐いた。

 珸瑶瑁先生も苦笑を浮かべた。


「あの困った顔を見て、私、不覚にも、もっとつついてみたく思いました。もっと、おろおろと困らせて、彼女が赤くうつむくのを見たいと、もっともっとあまさず見たいと――心の底から思ってしまったのです」

「珸瑶瑁、お前、そら、ちょーっとヤバいんちゃうか」

「私、実はサドの気でもあったのでしょうか。もしくはロリ……」

「俺に聞かんといてくれ」


 偽古庵にせこあん様は、眉根を寄せながら卓上のバナナを一本むしり取った。そして頭と尻尾の部分をつかむと、ばきりと二つに割り、半分を珸瑶瑁ごようまいに渡す。


「ありがとうございます」


 偽古庵にせこあん様は溜息をきながら、それでも残りの半分を美味そうにもしゃもしゃと口に運び、食した。常の如く、迷いのない動作だった。


「何でもエエけど。お前がちゃんとしあわせになれや」

「偽古庵様?」

「お前のことやから、まぁ何やかや云うても、松ぼっくりちゃんのことは大事に扱うやろて、わかっとる。せやから、その方面の心配なんかしとらん。俺が気になるんは

「ありがとうございます」


 偽古庵様は指先をぺろり、舐めると、中身が空になったバナナの皮を珸瑶瑁先生の手の中にぽとりと落とし、黙って立ち上がった。


「偽古庵様?」

「それ、捨てとけ。ほれがお前の最後の仕事や。――それ終わったら解雇クビな」

「解雇、ですか」

「せや。二度とウチには戻ってくんな」

「そうですか」


 珸瑶瑁先生はさらさらと笑った。笑ってうなずいたのだった。


 偽古庵様はそれをじっと見つめ、それから「ほなな」ときびすを返す。偽古庵様は、海螢うみぼたるの間』の内襖うちぶすまを開け、そしてすぱん、と閉じた。



 その音と同時に、珸瑶瑁先生もまた、バナナの皮を屑篭くずかごへ落としたのだった。





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