32.一体お前は誰なんだよ
*
「
「せやから。俺がいる云うことは、こいつも近くにおる云うことに決まっとるやんか」
「申し訳ありません。ハル子さま」
「いいわよ、わかったわよ。〈庭〉に行きましょう。どのみち彼等があそこにいることは、もうバレバレなんだから」
諦めた、となると後の行動に迷いはなかった。全員ぞろぞろ
明け方の行進はよどみなく、妙に
と、続いていた樹々の柱が途切れ、視界が一面に抜けた。突然広い空間が現れる。周囲には光の粒子がふわり、と
一面に生えた一種の見なれぬ植物。
そして、その植物に囲まれている三人の人物。
それは、松ぼっくりちゃんに歌枕さん。そして立破さんだった。
松ぼっくりちゃんが、あの
「ハル子ちゃん――皆さんも、どうして」
ハル子さんは溜息つきつき、肩をすくめて首を横にふった。
「だめよ、もう。あなたの気持ちはバレちゃってるわ。もう心は決まっているのでしょう? 予定から
ハル子さんの言葉にしばし
「わたくし、
意を決した、
「松ぼっくりちゃん」
珸瑶瑁先生は、もう一度「松ぼっくりちゃん」と続けた。先程の松ぼっくりちゃん、よりも、しっかりとした
「わかっております。わたくしは子供です。気の弱い、いつもハル子ちゃんや木の影や
「松ぼっくりちゃん」
「松ぼっくりちゃんは、もうお忘れになられましたか?」
「え」
「私は松ぼっくりちゃんに云ったはずです。土手のわきの、
珸瑶瑁先生は、そっと松ぼっくりちゃんの手を取った。
「貴女を子供だと考えるのは、あの時点で撤回している、と。貴女は十二分に立派な個人の意思を持った方だと。――そう云ったでしょう」
じっくりとした珸瑶瑁先生の眼が、松ぼっくりちゃんの眼をとらえている。それをじっと受けとめていた松ぼっくりちゃんの顔は、やがて普段よりももっと真ッ赤で、今にも泣き出しそうなものになった。珸瑶瑁先生の手が、まだ
「はい」
背筋が相変わらずぴっしりと伸びている歌枕さんは、見事な姿勢のまま
「あの、歌枕さんは、一体何者なのですか」
「私めでございますか」
「ええ。一度お話をした時に、歌枕さんは公主様でないと思いはしたのですけど」
「何故でございましょう」
歌枕さんは松ぼっくりちゃんに矢立ての内の筆と、「和紙手帳」を手渡しながら、少し流し目で意地悪げに、もう一つにこりと笑って見せた。
対する珸瑶瑁先生の様も答えも、変わらず沈着である。
「歌枕さんは、私と同類に思えたのです」
「まあ……
歌枕さんはくすり、と笑って、再びぴっしりと背筋を伸ばした。
「松ぼっくり様の従事でございます」
答えを聞いた珸瑶瑁先生は、「やはり」と首を縦にふった。
「できました」
そう云って、松ぼっくりちゃんは小さな
「これがわたくしの、ほんとうの名前です」
珸瑶瑁先生は嬉しそうに微笑んだ。
「
ハル子さんの横でうつぼ君が息を飲む。松ぼっくりちゃんが公主なのではという予感はあったのだろうが、確証は持てていなかったのだろう。
「はい。ですがわたくし、珸瑶瑁先生にはこれまで通り「松ぼっくりちゃん」と呼んでいただきたくございます」
「承知いたしました」
「珸瑶瑁先生は、わたくしと婚約を前提に、気長にお付き合いして下さるおつもり、ございますでしょうか」
「気長に」
「はい」
「しかも「結婚」を前提に、ではなく、「婚約」を前提に、ですか」
「はい。何分わたくしはまだ十二のお子さんですから」
珸瑶瑁先生は、さらさらと笑って、それまでよりも一層
「では、私の正しい名前もお教えしなくては」
それから、
「ゴヨウマイ・ヘキゴロウ、と読みます」
「でも、お呼びする時はこれまで通り、珸瑶瑁先生で構いませんでしょうか」
「もちろん、構いませんよ」
松ぼっくりちゃんは、ほう、と吐息をもらし、次いで花が
そこで「待った」と
「てゆーか、ちょっと待て。じゃあハル子は一体何者なんだ?」
皆がうつぼ君とハル子さんを交互に見る。
「ハル子こそまにまにの王族や『
うつぼ君はハル子さんの顔を見、ハル子さんもうつぼ君へ視線を向けた。ひどく静か過ぎる、無言の対話。
「うつぼ君、まだ気付いていなかったの? 私の話は食卓でも出てきたはずよ」
「へ?」
「――もしかして、あなた物凄い物憶えが悪いか、物凄い察しが悪いということはない? 昨日歌枕さんが云ったばかりよ?」
「なんて」
「みかん島に
「じゃ、じゃあハル子は――」
「行っておくけど、その姉妹本人ではないからね。そんな年じゃないわ。その姉妹の娘。つまり私は松ぼっくりちゃんの従姉妹。うちのママが
「――……。」
落ちとは得てしてこんなものである――の見本であった。
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