31.軽蔑


          *


 松ぼっくりちゃんは、深く溜息を吐いた。


立破りっぱさん――いえ、こうなった以上あなたのことはこう呼んであげたほうが親切なのでしょうか。ハナブサ」


 立破さんの肩に力が張った。今、松ぼっくりちゃんのこえと態度に数刻前まであった引っ込み思案さや弱々しさは見られない。


「わたくしは確かに物を書きます。しかしそのことに抵抗がない訳でもないのです。我等が王國だけでなしに、本邦は世界最大規模の書籍消費国。活字を最も愛する国であり、最も樹木を殺す国でもある。だからわたくしは、文筆業にたずさわる人間へ尊敬と憧憬どうけいの念を抱いており、と同時に心の底から軽蔑し憎んでもいる」

「――君も物語を書くじゃないか」

「だから、わたくしは自身のこともなかば軽蔑しているのです」


 立破さんは絶句した。


「あなたはそこのところをわかっていない。わたくしは自身に対する評価ですら決めあぐねている。書く人間でありたいと願うわたくしと、そんな願いを持つわたくしを憎むわたくし……そんなわたくしの心も知らぬままで、

「――え」


 松ぼっくりちゃんの鉛色した眼が、じっと立破さんを見る。


「気付かないとでも思ったのですか? 。――あなたは、ハナブサの偽者です」


 ごくりと咽喉のどを鳴らす。


「……どうして」


 松ぼっくりちゃんは目蓋まぶたを伏せた。


「『魂音族こんいんぞく』は、『魂音族』を見分ける能力を持たない。たとい同胞がすぐかたわらを通り過ぎたところで気付けないのです。――しかし、我がまにまに王國には、王族に仕える、ある一族がいる」

「一族……?」

「――その一族のことを、『音読おんどく族』というのでございます。立破さん」

「っ」


 背後からとどいたこえに、立破りっぱさんは叫びごえを飲み込んでふり向いた。彼の背後には、和装に身を包んだ美貌の女性がいる。りんとした気配。ぴっしりと伸びた背中。隙のない物腰。揺るぎなく彼を見つめるひとみ


――」

「わたくしが、その『音読族』なのですよ。立破さん」


 松ぼっくりちゃんが背後から「立破さん」と名を呼ぶ。ふり返る。


「あなたは、わたくしや本物のハナブサが参加しているチャット・ルームの中の誰かか、そう、もしくはハナブサと近しい人なのではないですか? だからわたくしの書いた言葉がまにまに王族の内情に通じているのだと判断しえたのでしょうし、ハナブサの代理になりすますこともできた。――しかしこちらには歌枕がいた」


 音もなく歌枕さんが松ぼっくりちゃんの傍らに近付き、立つ。齢の離れたこのふたりが並び立った姿は、きり、とした緊張感と、しっくりとした、あるべき場所にあるべきものが収まったような風景であった。


「『音読族』は、『魂音族』か否かを悟ることができる存在です。彼女等は、文字通りわたくしたち『魂音族』の発する何らかの音をキャッチする。手紙媒体、電話、その他インターネット・メールなどであろうと、それが『魂音族』が発した意思であれば、そうであると知られる」


 歌枕うたまくらさんの指先が、松ぼっくりちゃんのほつれ毛をなおす。


「わたくしは、松ぼっくりさまがチャットなさっているのを、ちらとだけ見かけたことがありました。その時に気付いたのです。「ハナブサ・ナル」と名乗る人物が『魂音族』であるのだと。――しかし、貴方からは全く『魂音族』の気配を感じなかった」




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