25.ハルカさん
うつぼ君の背中が見えなくなったころ、ハル子さんはようやく立ち上がり、
びお、と風がハル子さんの
「――すごいこと」
非常階段は急勾配で下っている。こんなところから、よく
それは、縦に下る階段付きトンネルのようなものだ。
ハル子さんは
ハル子さんは、やおら
闇の中から、じっとりとした湿気と冷気が流れ出る。
ハル子さんの持つ香水壜の中からは、何やら薄青い光がもれ出ている。
地下の空間は
「うわあ!」
ハル子さんはらしくもなく大声を上げて腰を抜かしそうになった。
「何もそんなに驚かれなくてもよいでしょうが」
そこにいたのは、眼玉をぎょろりと大きく見開き、顔中に白い
「何をしているんですか先生、こんなところで」
「何をしていると云われても……ここは以前は私の権利場だったのだからなぁ」
云われて見やると、老人の背後にはハル子さんの目指す扉ではない、別の扉があった。先程ハル子さんが使用した扉とは異なり、ドワーフが使用するかのような小さい扉である。
「ああ――〈庭〉に行ってらっしゃったんですか」
「そうだ。見納めになぁ」
老人は薄闇の中でもそうと
「これが〈庭〉に続く扉なのですね。はじめて見たわ」
「そうか?」
「実は、この地下に下るのもはじめてなんです。暗くて
「そうか。儂みたいな人間だと逆に心が休まる。しかしまあ、ハルカさんのように若い方には、やはり広々と開けた世界が似合いだ」
――ハルカさん、と老人は云った。
間違えている。その事実が胸に重かった。
老人はすっと指を持ち上げる。枯れ木に皮が張りついたような指先で指し示す先に、もう一枚の鉄扉があった。
「ほれ。あちらがあなたに
「ありがとうございます」
あえて訂正せずに頭を下げ、ハル子さんはその場を後にしようとしたが、一寸思いとどまって、そっと、ふり返ってみた。老人は、じっと闇の中を見つめている。ハル子さんが下ってくるまで、ずっと闇の底、一人で過ごしていたに違いない。
「先生。まだ表に出られないのですか?」
「うん? うん……」
応えも、何やら酷く茫としている。
「次の第一利権者が決まってしまったら、今までのようには、いかなくなるやも知れない。新しい第一利権者は、セイテイ君が
先生から漂い出ているのは、軽やかな
その主体の正体は、闇だ。
「先生」
「うん?」
「――奥の、あの男に逢いましたか」
先生はすでに闇に眼が慣れているのだろう。ハル子さんの視線の先を追い、彼女が何を見ているのかを瞬時に悟ったらしく、ちらりと視線を向け、すぅと息を呑んだ。
「いや、逢わん。――逢いに行ったところで、
闇を吐き出しているのは――男だ。
「――身のほどを知らない男です」
ハル子さんが呟くと、先生は首を横にふった。
「いや。わかっとるんだ、あの男は。何もかもを。あなたも彼を憎んじゃあ、いけない。仕方なかったのです」
ハル子さんは答えなかった。先程と同じく香水壜の蓋で扉を開け、二度とふり返らず表へと出た。不愉快であることを否めなかった。
やはり急勾配の上り階段を這うようにして上がりきり、右翼側と丁度鏡合わせにしたような扉を開けて左翼内に入った。目指す部屋は左翼側
部屋の中央にいた二人が驚いて顔を上げる。中にいたのは、
「どうしたんだよ、ハル子ちゃん」
腰を浮かせかけた
「あなたに用はないのよ
「……随分な物云いだな」
しばし沈黙が落ちる。嫌な間合いが二人の合間で充満し、歌枕さんが口を開く前に、ハル子さんは急いで「頼みたいことがあるのだけど」と投げるように云った。
「……なんですか」
「貴女、メールの使い方知っているわね」
今度は歌枕さんが返す言葉を失った。
「――ハル子さま」
「もうそこのところは、わかっているの。隠さなくてもいいわ。そんな必要もないしね。ただ、やりかたを教えてちょうだい。お願い」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます