第2章 儀式
第6話
体が熱い。肌がべたべたして気持ち悪い。
あれからどれくらいたったか?周りを見る。皆、それぞれ下を見て、少しも目が合わない。
俺は……なぜここにいるんだっけ……?よく頭が回らない。……そういえば、最後に飯を食ったのはいつだった?
……だめだ、思い出せない。いや……飯…?
何を食ったっけ?いや、なんだ?頭が回らない。
横になる。
座っている元気もない。なんだか、頭が重いし、ぼーっとする。
相変わらず、目の前にはどこまでも広がる海とあわただしく動く、男たちの影。最初のほうは毎日すすり泣く声が聞こえたのももう聞こえない。空が少しくらい。
……何度、夜を過ごした?………駄目だ、思い出せない。
何も思い浮かばない。目を閉じると、たまに浮かんでいた思い出ももう浮かばない。もはや、腹も減ってない。
「かなえ……かなえ………」
しわがれた声が聞こえる。まるで、喉のすぐそこから無理やり出しているような老婆の声だ。肩に何か触れた…?いや、虫だろう。
「かなえ……」
口に何かが触れる。何が触れたか見る気にはならない。
なんだ、まだ触れている。いや、押し付けられている。……なんだかめんどうだ。これは口を開ければ良いのか?
口を少し開けると、その隙間から何かが押し込まれる。反射的にその何かを噛む。じゃりじゃりとして、硬いが……違う、食い物だ!
ばりばりと何かを噛む。噛むたびに、何かすごい苦みがあふれ出てくるが、美味しい。久しぶりに舌に血の味以外の感覚を感じた。
ばっと、後ろを見る。誰が俺の口にこの食い物を入れたのか?
……ばばだ。
「大丈夫かい?かなえ……?」
暗くて全然見えないが、右手に何か蠢く小さいものを持っている。
なんで、気づかなかったんだ。ばばの声じゃないか。ずっと、ばばがこっちに呼びかけてたじゃないか。俺は、何をしてるんだ?何をしてたんだ?
ばばの手から、その何かを即座に貰って口に突っ込み、噛む。
命の味がする。目から涙があふれる。
「…かなえ、他の者にもあげようとしたんだけど…これ以上取れなくてな…」
ばばが押し殺した声でこちらにいう。幸い、男たちはあわただしく動くばかりでこちらの声には一切気づいてないみたいだ。
「ありがとう、ばば」
ばばは村唯一の巫女だ。何か、あったら神託を受け取っていた。特に、狩と田に関しては何度も長が占わせていた。
また、それだけじゃなく、子供の世話役としての役割も持っていた。お産を終えた女は暫く動けないし、動けるようになれば次のお産を迎えることも難しくなかった。だから、他の女達もそうだが、特にばばが子供達の世話をしていた。俺も小さいころ、世話になった。
村一番の年寄りだ。そういえば、こんな環境におかれてばばこそ大丈夫なのか?
「ばばはこれ食ったの?」
「いんやぁ……あたしはいいんだよ、わかいのが生きてないと、どうせわたしはすぐ死ぬんだから」
周りをもう一度見る。いるのは……ばば、ありん、長、あむんこ、りゅうそ、たかいな、ありんの親父、すけべよ、あてるな……。
一番若いのはりゅうそ……俺より、2周りぐらい小さい。まだまだ子供だ。力仕事もできない年頃……。そして、その次ぐらいに若いのがあむんこ……俺の少し下。女はばばとたかいなとすけべよ…。だが、全員俺より1周りぐらい上だ。特にばばは3周りぐらい上。
あむんこ……あむんこ、生きてるか?
「ばば、それ、どこからとったの?」
少しだけ、沈黙が流れる。
「偶然、その虫がわたしの横を通ってたから取ったんだ…だから、狙って取れは…」
まだ、口の中に少し残っている。飲み込んでない。
ばばが言うように若い者を優先するなら……
取り敢えず、口の中から残ったそれを手の上に音を出さず吐き出す。暗くて良く見えない。
おれは、これをりゅうそにあげるべきだろう……。
りゅうそを見る。洞窟の奥のほうを向いて横になっている。あむんこを見る。……
音をたてないようにはってあむんこの前に行く。力ない目で口を半開きにして俺のほうを見ている。ただ、俺の目を見てるんじゃない。ただ目の前を見てる…そんな感じだ。これを…どう無視すればいいんだ。
「おい、あむんこ……これを食え」
右手の上のそれを無理やり突っ込み、あむんこの鼻と口をつまむ。無理やり、ひじであごを上下させる。
……
あむんこの目がこちらの目を見る。
「兄ちゃん……」
その目から涙があふれてきた。
……良かった。まだ、あむんこは生きている。
「生きてたか…」
「兄ちゃん、俺たちどうなっちゃうんだ?」
「…分からん、そもそも俺たちはなんで生かされてるのかも分からないんだ…」
あむんこが抱き着いてくる。やけにべたべたとする肌と肌が触れ合う。不愉快な感覚だ。だが、命の温かみが肌を通して伝わって来る。こちらも強く抱き返す。
分からない。ここから先どうなるか。あてどもない不安が頭の中に湧き始める。
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