第八話⑵
神希は終始よどみなく話し続けた。途中で脱線することもない。なかなか要領を得た話しぶりに、植木は神希を少し見直す気になった。
しかし、だからいって、事件解決の糸口がつかめたわけでもなかった。
「う~ん。どうしようかな。凶器を捨てているから、この通り魔がさらに犯行を重ねるとは思えないが。でも、やっぱりイベントを中止して、お客さんのひとりひとりから話を聞くかな」
「それはダメ! 絶対にダメーッ!」と神希は両腕を交差させて×を作ってから、涙を浮かべんばかりに今度は掌を合わせて拝むようなポーズになった。
「中止にするのは勘弁してくださいよ~ 今日のイベントを楽しみに来てくれたお客さんのためにも。それに、わたしだって、まだまだ歌って踊りたいんです。ひとりの頭のおかしな人のせいで、イベントが中止なんて、めっちゃ悔シゲです~」
「ふん。だって仕方ないだろ。それとも何かい、天翔院とやらが来れば事件は瞬時に解決するのかい? 知り合いみたいな口ぶりだったよな。だったら、そいつに君が頼めばいいじゃないか」
すると神希は、心の底からびっくりしたとでもいうように、おおげさに目と口を大きく開けて、
「えっ! 何言ってるんですか? 天翔院良彦は、『名探偵 天翔院』シリーズの主人公です。めっちゃ楽しい漫画だから、刑事さんも今度ぜひ読んでみてくださいね~」
「・・・」
僕は十代の小娘にからかわれていたらしい。
もう、アタマにきた。許さん!
「とにかく、中止、中止だ。ねっ、大関さん、それでいいですね?」
「神希、今から、『かりんとう!』してきま~す」
突然、神希は左手を真上に伸ばして、そう宣言した。
かりんとう? する? いったい何のことだ?
植木の脳裏に浮かんだそんな疑問を相手にぶつける間もなく、神希は植木の横を素早くすりぬけて楽屋からあっという間に姿を消した。
「あっ、ちょっ、待って!」
植木の静止に何らの反応も示さず、神希はステージに向かって一目散にダッシュする。植木は慌てて駆けだした。大関と鵜狩も後に続く。
だが、敏捷な神希の走りに誰も追いつくことはできなかった。
神希成魅は今までの勢いのまま、ステージ上へと飛び出した。植木ほか二名は、さすがにステージまで進むことはためらわれたので、手前で立ち止まるしかない。
ステージの中央へと躍り出た神希は、観客に向かって語りかけた。
「みなさ~ん、長らく、お待たせしました。ほんとにごめんなさい。
改めまして、こんばんは~! 浅草生まれの和菓子屋の娘がアイドルになりました! ネバーランドガールズの日本とインドのハーフ、シゲちゃん、こと、神希成魅です。よろしくお願いします!」
お辞儀をしたまま数秒間静止し、その次に顔を上げた少女は満面の笑みを受かべて会場を見渡し、天井を突き抜けて青空まで真っ直ぐに伸びるような元気いっぱいの大きな声で呼びかけた。
「それでは、みなさ~ん! いつものアレ、やります! 一緒にお願いしますっ! せ~の・・・」
両足をぴたりと揃えて直立した少女は、勢いよく頭の上までぴんと両手を伸ばして、その両手で大きく緩やかな円を作ると、全身をやや右斜めに傾けて叫んだ。
「かりんとう!!!」
すると会場の観客も、「かりんとう!」と叫びながら、神希と同じポーズをとった。
神希は、会場全体を見渡すようにしながら、ひとさし指を前方に向けて、突如こう叫んだ。
「あなたが犯人よ!」
数瞬の間。
そして、十列目の座席の中央あたりに腰かけていた男が突然立ち上がると、後方に向かって通路を駆けだした。
「みんな! あいつをつかまえて!」
神希の呼びかけに何人かの男たちも立ち上がり、出口へと走っていく男に迫っていった。
男は途中でつまずいて、あっさりと転倒。スーパーマンやバットマン、スパイダーマンのコスプレをした男たちに追いつかれ、取り囲まれる次第となった。
植木は急いでステージ最前へと走り、ステージから飛び降りて、その一団に加わった。その中心にいる男は、正座をしたままうつむいて、見るからにしょんぼりとした様子である。植木がその肩を強くつかんでも、まったく抵抗する素振りを見せない。
そして、そのかたわらには、一本の催涙スプレーが転がっていた。
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