第三話

 三


「こんばんは~! 皆さんが大好きな神希成魅かみき しげみです! それでは、コントやります! タイトル、平成の大仏VS昭和のヤンキー」

 弾けるような元気の良い声が会場に響き渡り、ステージの右袖から、ピンク色の大仏のマスクをかぶった人物が「ああ、今日もいい天気だなあ。世界は平和だ」とひとりごとを呟きながら、ゆっくりと歩いてくる。

 紺地にピンクのラインが入ったジャージの上下という衣装である。

 客席の一つに腰かけた植木直樹は、演者のその姿を見た途端、我が目を疑った。てっきりフリフリの衣装に身を包んだ、かわいい少女が登場すると思ったからだ。

 なんだこりゃ? 僕はこれから何を見せられるんだ?

 植木は、大きな胸騒ぎを覚えた。

 中央にさしかかったところで演者は足を止めると、いきなり半回転し、さっとジャージのポケットから取り出したリーゼントのカツラを装着、「おうおう、てめえ、どこ見て歩いていやがるんでえ」とポケットに両手をつっこみ両肩を揺すりながら、因縁をつける仕草。    

 一人二役なのかよ? っていうか、無表情の大仏とリーゼントの取り合わせ、気味悪すぎるだろ!

 再び半回転してカツラを脱いだ大仏は悠然と、「わたくしは、世の中の平穏を祈っているだけです」と応じる。

 そりゃ、そうだ。大仏はそれが存在理由だもんな。

 ヤンキーはその様子に苛立って、「てめえ、どこ中(ちゅう)だ? 名を名乗れ!」と凄みを利かせるが、大仏は穏やかに首を左右に振って取り合わない。

 大仏に出身中学聞くの、間違ってるだろ!

 しばらく、喧嘩腰のヤンキーと泰然自若とした大仏とのまったく噛み合わないやりとりが続いた。そのたびに、演者はせわしなく体を半回転させるのだが、切り替えの動作がぎこちない。

 おいおい、大仏がヤンキー言葉、しゃべっちゃってるよ。ヤンキーがすごく礼儀正しくなっちゃってるよ。 

 ついにしびれをきらしたヤンキーが大仏に殴りかかろうとしたそのとき、大仏はやおらマラカスを取りだし、両手でカシャカシャと激しく振りながら、これまた激しい身振りでダンスを踊り始めた。

 なんで、ここでマラカスなの? なんで踊りだすの? なんでなんで?

 連れのない植木に話しかける相手はいなかったが、心のつぶやきが次々とあふれでてくる。

「これが必殺の大仏ダンスだああ! 俺は強いんだあ!!!」と絶叫しながら、狂ったように踊り続ける大仏に圧倒されたヤンキーは、ついに気を失いその場に崩れ落ちた。

 戦い終えた大仏は、息をきらして両肩を激しく上下に揺らしながら、最後にこう締めくくった。「ゼイゼイ。はあはあ。これで、世界の平和は取り戻せたのであった」

 大仏は深々と客席に向かって一礼すると、堂々とした足取りで、ステージの右袖へと去っていった… 

 なんのこっちゃ。

 植木は、早くも席を立つ準備をした。

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