第二話
二
西内遥は扉を閉め、会場を背にして歩きだした。
まったく、もう、杏奈ちゃん、どこ行っちゃったの?
遥は、杏奈に請われてこのイベントに参加することを決め、姪っ子を連れてきた。遥自身は「ネバーランド ガールズ」に格別の興味はなかったのだが、小学二年生の杏奈は純粋に憧れに似た想いを抱いているようで「ねえ、連れてって、連れてってよー」を連発し、その熱意に押される形で遥は了承し、当日は仲良く手をつなぎながら会場入りした。
早めの到着で最前列に近い座席を確保できたのは良かったのだが、その分、イベント開始までに間があるせいで、最初は物珍しそうに会場を見渡していた杏奈だったが、しばらくするとじっと座って待つことに飽きてしまった。
ついには、「ねー ねー ハルちゃん、かくれんぼしよーよー」と言いだす始末で、遥は生返事でいいかげんにあしらっていたのだが、スマートフォンに着信したメールに気を奪われていて、ふと気づいたら隣の席に杏奈の姿はなかった。
慌てて周囲に目を配ったが、いつも見慣れた、ちっちゃくて小動物のようにちょこまかと動き回る杏奈を見つけることはできなかった。
かくれんぼのリクエストに上の空で応じた可能性に遥はやっと思い至り、急いで会場を抜け出した。
イベントの開演時刻が迫っているため、周囲に人の姿はまばらだった。
一階のロビーやレストラン、もちろんトイレなどもくまなく探したものの、杏奈は見つからない。
二階へ至る階段の手前には、立入禁止を意味する赤と白のカラーコーンが二つ並べられている。
遥は少しためらったが、杏奈なら気にせず進んだかもしれないと考え、二階へ向かった。
杏奈はかくれんぼが大好きで、普段から遥が降参して名前を呼びかけても、決して姿を現してはくれない。杏奈にとっては、すこぶる真剣な勝負であるらしいのだ。
遥は物音を立てずに、素早い動作で会場内を動き回っていた。もちろん二階までの階段もそろりそろりと、なおかつ迅速に駆け上がった。
上りきると、左に折れる。五mほどで廊下は突き当り、左右に直角に分かれていた。
遥は、夜空にくっきりと浮かびあがった東京スカイツリーを正面に見ながらその廊下を進み、突き当たると左の道を選んだ。
曲がって二歩進んだ時、遥はゾンビと正対していた。
そのゾンビは、右手に手のひら大のスプレーを持ち、そのスプレーの上部に、軍手をはめたひとさし指を添えていた。
ゾンビのひとさし指がわずかに沈んだ瞬間、霧状の液体が遥に襲いかかり、両目に焼けるような激痛が走った。
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