第28話

それを見て、残りの人たちが壁から離れた。

――十回落ちてきて、三人死んだ。

とうやは自分の手が汗だくになっていることに気づいた。

しかしあまり悩むことはない。

とうやの手を握っている工藤の手も、同じく汗ばんでいたのだから。

首が再び塀に刺さる。

塀には誰もいなかった。

――十一回落ちてきて、三人死んだ。

舞い上がりまた落ちてくる。

塀に向かって。誰もいない。

――十二回落ちてきて、三人死んだ。

首がまた落ちてくる。

今度は塀に突き刺さらず、ほぼ真下に落ちてきた。

そこには人がいた。

人が真っ赤なせんべいのようなものになった。

――十三回落ちてきて、四人死んだ。

とうやはまだ数えていた。

頭の中で。

他にすべきことが思いつかない。

それに余計なことを考えたら、パニックってしまいそうだ。

工藤のとうやの手を握る力が強くなった。

とうやも強く握り返す。

首が落ちてくる。

誰もいない。

――十四回落ちてきて、四人死んだ。

――十五回落ちてきて、四人死んだ。

――十六回落ちてきて、四人死んだ。

――十七回落ちてきて、五人死んだ。

――十八回落ちてきて、五人死んだ。

――十九回落ちてきて、五人死んだ。

――二十回落ちてきて、六人死んだ。

いつの間にか川部が横にいた。

「ああ、暇だな」

「暇?」

「暇でしょ。やることがなにもない。ただ見てるだけ。人がつぶされるを見るのは、面白いけど、やることはやっぱりなにもない」

とうやは思った。

こいつは自分の上に落ちてくることを、全く考えないのかと。

相変わらずいかれてやがる。

工藤がとうやの言いたいことを言った。

「川部君は、あれが自分の上に落ちて来るとは思わないの」

川部がにやけながら答える。

「考えないよ。考えたら落ちてこないと言うなら考えるけど、考えても考えなくても、僕の上に落ちてくる確率は一パーセントも変わらない。だったら考えない方が楽だよね。それにどこに落ちて来るかもわからない。どこにいても落ちてくる確率はたいして変わらない。だったら動かない方が楽だよね。左右に逃げ回っている人もいるけど、無駄無駄。体力の無駄遣いさ。バカだよね。ほんと」

とうやも工藤も、なにも言わなかった。

川部が言っていることに、明確な間違いはない。

あるとすれば、その言葉には人間的な感情や恐怖心が根こそぎなくなっていることだ。

そんな答えに返す言葉などない。

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