#10 - 気持ちイイ男①

 5回目のデートで“パンクス”の家へ行った。

アタシがスタジオを見たいと言ったからだ。

乱雑にギター・ベース・キーボード・ドラムなど数々の楽器と機材が置かれた地下室に案内された。

*フライングVを見つけたアタシは、

「これいい?」

と、言ってネックを握って持ち上げると“パンクス”は不思議そうな顔で「いいよ?」と言ってアタシの様子を見ていた。

いくつか並んでいたアンプの良さそうなやつの電源を入れてギターのケーブルを直接さしこみ適当に音を出しながらアンプのつまみを回して音を調節した。

その様を“パンクス”は腕を組んで片足に重心を掛ける格好で、首を傾けて何も言わずに見ていた。

アタシは得意げに彼に向って“Are You Gonna Go My Wayアーユーゴナゴーマイウェイ”のリフを弾き始めた。

驚いた顔をして“パンクス”はアタシを凝視している。

「フライングVといったらコレっしょ?」

と、ギターを弾く手を止めてアタシが言うと、彼は笑いながら拍手して

「すげーじゃん」

と、言った。リフを引いただけなので、プロからしたらすごくはないがまさかアタシがギターを弾けるとは思ってもいなかったようで驚いていた。

それから少しの間ギターレッスンをしてくれたり、彼も弾いてくれたり楽しい時間だった。


 いつの間にかアタシ達は激しくキスをしていた。

ラグが乱雑にいくつも散らばる床に倒れこみ、行為に及んだ。彼は激しく優しくキスを繰り返した。彼の繊細な指先がアタシの肌に触れる度、痺れるような感覚が全身を駆け巡り、身体が熱を帯びる。彼がアタシに何かをささやく度に思考が鈍化して気が遠のく。

床に押し付けた背中が痛く感じたが、次第にそれも気にならない程の快感が幾度も波のように押し寄せ、アタシは気を失いそうになった。

1度目はスタジオの床の上機材に囲まれてした。

2度目は2階の広い寝室の大きなベッドの上でした。

 行為の後、そのまま寝てしまったアタシは優しいアコースティックギターの音で目を覚ました。

すぐ横のソファでギターを弾く彼がいて、アタシはそれをぼんやりと、うっとりと、見つめていた。彼は視線に気づいたのかアタシを見て言った。

「起こしちゃったよね、ごめんね」

そして立ち上がってアタシの元まで来て頬にキスをした。

「大丈夫、続けて」

と、アタシが言うと

「キミの曲」

と、言ってまたギターをつま弾き始めた。

アタシは“V”の時は身を引くことを決めたが、今回はもう止められなかった。覚悟を決めた。


 それから彼はアタシのことをキティと呼び続け、まるで愛猫をかわいがるようにアタシのことを愛してくれた。彼の家に転がり込み、ギターやドラムを教えてもらったり、彼が作業中は家事をしたり、10代のように夢中でセックスをして、愛し合って過ごした。毎日が楽しくて、アタシは運命さえ感じ始めていた。

「ねぇ、なんでそんなにセックス上手なの?」

裸のままベッドに寝転がっているときにアタシが思わず聞くと、“パンクス”は驚いた顔をしながら笑ったのでさらに質問した。

「年上だから経験の違い?」

「人を年寄り扱いするなよ」

「やっぱロックスターは派手に遊んだから?」

「オレは売れる前に結婚したから、あんま派手じゃないな」

「でも遊んだ?」

「まぁちょっとはね」

ニヤリと笑った彼はまたアタシに覆いかぶさり

「そんなにイイ?」

と、自信に満ちた顔つきで聞いたので

「うん、おかしくなりそう」

と、返事をしたが、そう言い終わる前にアタシの唇はふさがれて、また身を委ねた。


 朝起きて髪をボサボサのままトップにまとめて、着古したTシャツを1枚だけ身に着けて、コーヒーを入れる。そのうちに“パンクス”が起きてくるので、フライパンに卵を2個落として焼く。

「おはよ、キティ」というぼんやりとした声が後ろから聞こえて抱きしめられる。彼のカップにもコーヒーを注ぐと、彼はそのまま何もいれずに後ろからアタシをだきしめたままそれを飲む。

「キミがいけないんじゃないの?」

音をたてて徐々に焼けてきたフライパンの中を覗き込みながら彼は言った。

「なにが?」

「オレがセックス上手なのは、キティがセクシーすぎるからじゃないの?」

「相乗効果的な?」

「そうそう、相性ってやつなんじゃない」

ニコリとして彼はアタシの頬にキスをした。

恥じらいもなくそんな会話もできるし、彼の言う通り心身ともに相性がいいことを痛感している。日々彼に夢中になっていく。事あるごとに「愛してる」と言ってくれる彼の愛も実感していて心も身体も満たされていた。


 “パンクス”が仕事で外出、アタシはいつものように1人で留守番をしていた。キッチンのカウンターでシリアルを食べていると、ガチャガチャとカギをあけて、誰かが入ってくる音がした。

恐る恐る玄関の方に向かうと、そこには彼を小さくしたようなかわいい男の子2人とその母親がいた。“パンクス”が離婚協議中で現在はまだ妻だ。

「あなたのことは聞いてるから大丈夫。とりあえずなにか着て来て」

と、彼女に言われてハッとした。

アタシはだいぶくたびれたMARVELマーベルシャツを身に着けているだけで、 このかわいらしい男の子たちに教育上よくない、だらしない恰好をしているだらしない女に映っているはずだ。

彼女は今日、友人の結婚式でハワイへ行くため子供たちを“パンクス”に預ける予定になっていた。彼には何度連絡しても返答はない。きっと仕事に夢中になってるのだろう。もう空港にいかなくてはならないと、困り果てていた。かわいい男の子たちはポカンとアタシを見ている。

「アタシが預かります!」

と、思わず口から出てしまった。

「まぁ、じゃぁ……いちおう私の番号おしえておくわね」

彼女は不安げながらアタシと電話番号を交換し、父親もそのうち帰ってくるだろうからと子供たちをおいて出かけて行った。

 アタシはどうしたものか途方に暮れた。

8歳の子はアタシに興味深々で質問攻めで無邪気でかわいく、13歳の子はまさに思春期発令中で目も合わせてくれない。

彼が早く帰ってくることを願いながらパンケーキを作って、食べ物で気を引くことにした。 “パンクス”はアタシを大好きだから、同じDNAの子供たちもアタシを好きになるはずだ。

 夜になりやっと“パンクス”が帰ってきて喜ぶ子供たちと戯れる彼もキュートだった。きっと近々別れるあの人も含めて、彼にとって大切な家族なのだ。

もしかしたら泥沼の関係になってもおかしくないアタシの存在を彼から聞いていて、攻めもせず、電話番号まで交換した彼の妻はすごく大人に見えた。彼と彼の妻の関係は、まだ結婚経験も子育ての経験もないアタシが理解できないほど深い。

また新しい彼の1面を見られてうれしかったが、まだ彼は婚姻中なのだということに罪悪感を感じ、そしてアタシはまだ彼にとってかわいい子猫キティにすぎないのだと思い知った。


◆◆◆


♪ Lenny Kravitz - Are You Gonna Go My Way

https://youtu.be/8LhCd1W2V0Q


▶フライングV - Vの形をしたギター

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