#08 幼馴染の男 PARTⅡ
“幼馴染”の誕生日の朝、
「ねぇ、覚えてる?」
と、起きてきた“幼馴染”が、モーニングテーブルでコーヒーを飲みながらスマートフォンでニュースを読んでいるアタシに言った。
「18歳の時の事?」
アタシが聞き返すと彼はニッコリと笑っていた。
誰にも言ってないが、18歳の時アタシと“幼馴染”はそういう関係になろうとしていた。
その日は友達数人と“幼馴染”の誕生日パーティをしてテンションが上がっていた。良くないことだがコッソリとお酒を飲んでいたからだ。
とくに付き合ってるとかではなかったが、ティーンのノリでその気になってウチに帰ってきてアタシの部屋で2人になった。
アタシは密かに彼のキモチを感じた時があった。
アタシももしかしたらキモチがあった時期があったのかもしれない。
でもお互い何かを言ったことはなかった。
この日で何か変わるかもしれなかった。
実際は部屋で2人になったのはいいものの、なれないお酒のせいでベッドに倒れこみそのまま眠ってしまった。アタシたちには無理だった。
翌日何もかわらぬままの2人は目覚めて大笑いした。
「ねぇ、ずっと友達でいてくれる?」
アタシは横に寝転がっていた“幼馴染”に言うと
「うん、ずっとね」
と、彼は満面の笑顔で答えた。
永遠の友情を誓った。
27歳になった今年も、それを思い出して2人で笑った。
都心の狭い地元には子供が少なく、同級生は少ない。その中で未だに友情が続いているのは男女合わせて“幼馴染”を含めてもたった4人。アタシを入れてこの5人はお互いの誕生日欠かさずに祝っている。どこかの店に予約をとったり、誰かの家を会場にしたり、その時々で様々だが、たった5人で飲み明かすときもあれば、それぞれの新しい友達や恋人を誘ったりもしてにぎやかになることもある。本人が中止を希望しない限り続いている伝統だ。
今年の“幼馴染”の誕生日は都心の繁華街の洒落た居酒屋を貸し切りにした。
アタシは特に誰を誘うわけでもなく1人で誕生日会に参加した。久しぶりに会う地元の友人達との再会を喜び、彼らが連れてきた初対面の人に挨拶して回る。誕生日の本人は少し遅れて登場した。隣には初めて見る女の人を伴っていた。
彼は地元の友人たちにその人を紹介して回っているのをアタシは遠くから見ていた。
ケーキが運び込まれ、誕生日の歌を合唱され、“幼馴染”はろうそくを吹き消した。そしてまたそれぞれ好きなようにお酒や食事、会話を楽しみだした。
1人でケーキを頬張るアタシの元にも“幼馴染”がやってきて、隣の女の人の肩に手を置いた。
「今、付き合ってる人なんだ」
と、紹介された彼女は
「はじめまして。お会いしたかったです」
と、アタシに右手を差し出した。握手を求められたのだが
「あ、アタシ、あの、ちょっと……」
そう言って店のエントランスに足早に移動した。
アタシは“幼馴染”の彼女をムシしてその場から逃げ出したのだった。走ったわけではないのに、息が切れている。アタシはなぜそんな行動に出たのだろうか。
「何してんだ?」
誰もいない静かなエントランスで独りでつぶやた。
理解できない自分の思考と行動と、“幼馴染”に対する気まずさで、中に戻る気にはなれずに扉を開けて外へ出た。
そしてタクシーに飛び乗った。
「ちょっと、あんた、財布もってないとかなんなの?!」
“親友”宅の前にタクシーをつけて、スマフォから彼女に電話して料金を払ってもらった。
「スミマセン」
「いいけどぉ、妊婦の家に急に財布も持たずにくるとか……」
「スミマセン」
「まったくぅ」
マンションのエレベータを上がる間に意味不明なアタシの行動を“親友”は怒っているような呆れているような声で言った。
“親友”はサッカー選手の彼と結婚して、お腹に第1子を身ごもっている。見事に大きくなったお腹にもう1つ命があると思うと、彼女が神々しく見えた。
アタシは自分も理解できていないのに、彼女はもう1人を育てているということに驚愕する。未熟な自分の今夜の出来事を彼女に話すと
「それ、その彼のこと、好きなんじゃないの?」
それは子供の頃から自問しているが答えがまだ出ていない。人として、友人として“幼馴染”は好きだ。
「セックスするとかは想像できないんだよね」
アタシはいつもこう感じていた。“幼馴染”のことは誰よりも信頼しているし、絆も感じている。なんでも話せるし、一緒にいて楽しい。何歳になっても仲良くしていたいと思っている。だけど、恋人なら絶対持つ肉体関係には想像が及ばないのだ。それで結局『これは恋愛感情ではない』と結論づけてきたのだ。
「セックスを考えられない男との恋愛はないね」
“親友”もそう答えを出した。
だったら何故、アタシは“幼馴染”の恋人を目の前にして動揺したのだろうか。
「あんた、別れて何年?」
「2年……?」
彼女達に紹介された人と交際して別れていつのまにか2年たっていた。
「それじゃない? シングルだから1番親しい人の幸せを喜べないの」
“親友”はアタシの心情を分析したが、アタシはそんなに惨めな心の狭い人間だったのか。同意はしずらいが説得力はあった。
「もしくは、自分を好きなままでいて欲しいという独占欲」
さらに分析を続けた“親友”の意見に、また納得はできない。どちらにせよ、自分がそんな人間だと認めたくはない。
「っていうか、泊まるならメイクくらい落としなよ。部屋着出しとくから」
「え、もう寝るの?」
「妊婦はいつでも眠いんだよ」
彼女に促されてバスルームへ行ってメイクを落として、部屋に戻るとソファには部屋着が用意されていておもむろに着替えた。“親友”はすでにベッドルームに移動していてアタシもそちらに行った。その間、Queenの“Somebody To Love”が頭には響いている。彼女の言う通り、実感してないだけでアタシは寂しいのだろうか。アタシを愛してくれている数少ない人の1人を失うことに恐怖を感じているのだろうか。誰かに愛されれば解決するのだろうか。
大きなベッドの左側に“親友”があおむけになって布団をかけて目をつぶっていた。
「旦那は? 浮気でもしてんの?」
アタシは右側に寝転んで布団をかけながら彼女に聞いた。
「今日アウェイだから泊まり」
彼女は目も明けずにぶっきらぼうに答えた。
「とか言って、夜も試合してるかもよ。嫁が妊娠中にってあるあるじゃん」
アタシがふざけたことを言うと
「浮気ならいいよ。アイツは絶対私のところに戻ってくるから」
妻の座の余裕なのだろうか、彼の子をお腹に宿している余裕なのだろうか、家族としての絆があるからだろうか、彼女はかっこいいセリフを吐いた。あおむけで目をつぶるスッピンの彼女もまた神々しく見えた。
口は悪いが幸せそうな彼女を横にして、自暴自棄になったアタシは
「あぁぁぁぁ! あん時ゴネてれば変わったかなぁ!」
と、嘆いた。“親友”は“ストライカー”の浮気現場に遭遇してあっさり別れたことを後悔してるのかと聞いたが、その時のことではない、“V”のことだ。
「妊婦捨ててアンタに走るオトコなんて、結局アンタも幸せにしないよ」
神々しい妊婦の“親友”が放った言葉には説得力があった。
今更ながらまた“V”のことを持ち出している自分に嫌気がさして、考えるのをやめてその晩は寝た。
翌日“親友”にお金を借りて帰宅し、自分の部屋に入ると、ベッドの上に昨晩居酒屋に忘れたバッグが置いてあった。“幼馴染”が持ち帰ったのだろう。彼の部屋の扉は閉まっていて、まだ寝ているのか、もう出かけてしまったのかはわからなかったが、顔を合わせたくなかったので、静かに荷造りをした。
「どこ行ってたの? っていうかどこ行くの?!」
“幼馴染”は部屋にいてアタシの立てる物音に気が付いて部屋の入口までやってきた。
「実家に帰らせていただきます」
アタシは背を向けたまま返事をすると
「ココ、キミの実家なはずだけど」
と、返された。アタシはもう1つの実家である父の家に行くために、ベッドの上にキャリーバックを広げて荷物を詰めている。
「お暇いただきます」
と、言いながら洋服をチカラづくで押し込んだ。
その様子を部屋の入り口に立って後ろから見ていた彼は
「オレ、なんかした?」
「いや」
「昨日、どうしたの?」
アタシが無言でいるとさらに問うたが、アタシもまだその答えを見つけていない。
「アタシ、今、ちょっとおかしくて。入院してくる」
「え?」
「白い服のさ、拘束されるやつ、あれ着るかんじ」
「昨日“羊たちの沈黙”でも観たの?」
「観てない」
そう言って、アタシはキャリーバッグを抱えて彼の横を通って部屋を出た。彼は理解できないアタシにまだ質問を続けていたがそれはムシして玄関まで急いだ。
「おい、レクター博士」
と、ヒール履いて出て行こうと扉を開けたアタシを“幼馴染”は呼び止めたが、
「それ、褒め言葉だから」
と、返したアタシは家から出た。
◆◆◆
♪ Queen - Somebody To Love
https://youtu.be/kijpcUv-b8M?si=y-rfKIHScg2a9pW5
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