#07 狂わす男①
アタシは“ストライカー”と別れたのは彼の浮気を許せなかったからだ。
2回も許したにも3回目があったからか、3回目は目撃してしまったからか、ただアタシの虫の居所が悪かったからか、厳密な理由はわからない。
また逆で、3回目は許せなかったのに、なぜ最初の2回は許せたのか。
その答えはアタシは実はわかっている。
“ストライカー”の2回目の浮気が発覚する少し前に起きた。
彼と出逢った同じ頃に知り合いになったバンドマン“V”とは、飲み友達としてよく一緒に飲んだ。バーにもライブハウスにも言った。2人きりの時もあれば、彼の仲間が一緒の時もあった。彼のファンの子もいたりして、アタシ達は特別な関係というわけではなかった。アタシには“ストライカー”がいることを彼は知っていたし、彼には恋人がいることをアタシは薄々気が付いていたからだ。
“ストライカー”と離れて暮らすようになってから、“V”と飲みに行く回数が増えていった。特別ではないと思っていた関係が少しずつ、自分たちも気づかないほどゆっくりと、変化し始めたのはこの頃だった。
“V”のバンドは解散すらしていないものの活動休止状態にあって復活の兆しも見えず、彼は友達とカバーバンドを組んでたまにバーのステージに立っていた。
ライブハウスとは違って音楽好きの集まるバーといった感じで、日によっていろんなジャンルのバンドがステージに立って客を盛り上げる。
客は立ったり座ったり、飲んだり食べたり、一緒に歌ったり体を揺らしたり、思い思いのスタイルで音楽とお酒を楽しむ。
繁華街にあるが賑やかな場所から少し離れた所にあって、お忍びで有名人も訪れるようなツー好みのバーだった。
腕の確かな“V”はそこで自分が影響を受けたのであろう洋楽のロックをカバーして披露していた。それはそれで楽しそうにしていたが、彼の昔からのファンから『才能あるのにもったいない』と言われていた。どうにかソロでもいいから自分の音楽に取り組んでもらいたいと思われていたが、彼はなかなか自分の音楽には向き合わなかった。
飲みに行った夜は家が近かったのでアタシはいつも送ってもらっていた。
あれだけお酒を飲むのに、帰りにはいつもコンビニによってアイスや甘いものを買って食べながら歩いた。静かな暗い道を2人でゆっくり歩いた。
「もともとベースでしょ?」
「あぁ。っていうかもともとギターやりたかったんだよ」
音楽を始めた頃の話などもした。
「なんでベースやったの? で、なんで今ギターなの?」
アタシは彼があまり語りたがらない過去に興味深々だった。
「今は……ギター上手くなりたいから?」
と、左側にいるアタシを見ておどけたふうに言って彼は続けた。
「一緒に始めたヤツがギター上手くてさぁ、オレはベースにしたの、姉ちゃんがベース持っててさ」
「そうなんだぁ、ベース弾いてるの見たいなぁ」
“V”の影響を受けたロックヒーローの中に
それに今の彼がどんな曲を作るのかも聴いてみたかった。
でもやっぱりあまりバンド時代の話をしてくれない“V”に、それを言うのは良くない気がして深くは触れずにいた。
アタシは“ストライカー”が2回目の浮気をしていることに気が付いてどうしようかと悩んでいたある夜、たまたま“V”と飲んでいて、彼は彼でアタシの悩みを抱えていることに気が付いていた。
いつものようにコンビニでアイスを買い、月を見ながらアイスを食べながら2人で歩いた。
「
アタシが尋ねるとアイスを頬張ったまま彼はうなずいた。
「“Danc
「カバーなの知ってた?」
彼が得意気に言ったので
「え、まじで?!」
と、アタシは驚いた。
「
「帰ったら聴いてみる」
そんなたわいもない会話をしてるだけだが、心が疲れているアタシは癒された。
アタシのマンション前までたどり着くと、立ち止まって
「じゃぁな」
と、“V”はいつものように大きな手をひろげて顔のあたりに持っていきコチラに見せて、去っていく。
夜風が強く吹き彼の少し茶色で長い髪は乱れて、顔をほぼ覆って、鋭い目がチラリと見えるだけだった。それがセクシーだったかだろうか
アタシは
「待って……」
と、いつもなら「またね」と言ってアタシも同じように手をふるのだが、そう口走ってしまった。何が言いたかったわけでもないのに。
“V”は風で舞っている自分の肩より長い髪をうっとおしそうに右手で抑えながら、いがいな発言をしたアタシの顔を不思議そうに見つめた。
「飲みなおす? ウチ、ビールしかないけど」
咄嗟に誘ったアタシに対し
「いいよ」
と、彼は鋭い目を細めて返事をした。
「なんかあったろ?」
“V”はやはりアタシの微妙なキモチの変化に気が付いていたようで、缶ビールを飲みながら聞いた。
「うん、まぁ、また浮気されてるっぽいんだよね」
「そっかぁ」
彼は2人掛けのソファーの左端に座って、アタシは右端によってソファーを背もたれにしてラグの上に座っていた。
口にすると情けないのと悲しいのとで、アタシは彼の顔を見られずにいて
「しかたないよね、アタシ、ついて行かなかったし……」
そういうと、自分の目に涙が溜まっていくのを感じて、アタシはごくごくとビールを一度にたくさん飲んだ。
沈黙が訪れて“V”もソファーから降り、床に座った。コチラを見ている気配がしたが、気づかないふりをしてまたビールを飲んだ。
缶から口を離すと、左側にいる彼がアタシの右肩に手を置いて押し、彼の方に向かせた。
「もうやめれば?」
“V”は初めて見る真剣なまなざしでアタシを見つめていた。さきほど風のせいで乱れた髪が乱雑に顔にかかり、スッキリした二重のクールな目でアタシを見ている。アタシは目をそらせずに見つめ返したまま黙って缶をゆっくりと下げて床に置いた。
“V”は固まっているアタシに体をゆっくり寄せて、その間にテーブルにビールの缶を置いて、そのあいた手でアタシの後頭部に添えた。
そしてキスをした。
アタシの心臓はどうにかなってしまいそうな程音を立てているが、頭の中は静まり返り、さっきまで自分の恋人の浮気を疑いで悩んでいたのだがそれはどこかへ消えた。
思考も止まり、息をするのも忘れて、目をつぶり、それを受け入れた。流れに身を委ねて、このまま彼に身を任せようと、気持ちが逸った。
だが、理性という不確かなものがアタシのその気持ちに歯止めをかけた。
彼の胸当たりのシャツを強く握り押して、唇を離した。
でもまだ目の前に彼の顔があって、彼に翻弄されているアタシの脳内は理性とそうでもないものがせめぎ合っていた。
「ヤバイ」
息の切れたアタシは彼の胸倉をつかんだまま言うと
「だよね、ごめん、よくねぇな」
と、彼は目線を外して小さく言った。
「違う、違うの。アタシ、ヤバイなって……」
アタシは目をそらしてつかんでいるシャツを離してそう告げた後に残りのビールを飲みほした。
意味不明なことを言ったことを自分でもわかってはいたが、それを説明する余裕などない。横目で彼をみると、顎を少し上げて冷めた見下したような目線で口角を片方だけあげて意味深にニコリと微笑む、いつもステージ上で見せる魅惑的な表情を作っている。アタシの同様の理由を見抜いているようだった。
アタシは彼のキスとこの顔に惑わされている。
大人の余裕なのか彼は何食わぬ顔でビールを勢いよく飲みほして、またアタシに近寄った。
キスされるのがわかった瞬間に、今度は理性が率先して、アタシは彼の胸元あたりを両手で押して近づくことを拒んだ。
「もうムリ」
恥ずかしくてまっすぐに彼の目を見れないままアタシがそういうと
「わかったよ」
と、笑いながら言って彼はアタシの頭にポンポンと軽く触れて体を離した。
ムリなのは確かだった。
それは“ストライカー”を裏切る罪悪感からではない。
“V”のキスは激しく情熱的であり、溶かしてしまうほど甘くもあり、アタシはそれに狂ってしまいそうだったからだ。
帰り道の会話をふと思い出して、1人になったアタシは
確かに違った。歌詞の解釈も違うような気がした。
やはり
◆◆◆
♪ Toploader - Dancing in the Moonlight
https://youtu.be/0yBnIUX0QAE?si=Gb-CD41JlR6oPT2t
♪ King Harvest - Dancing in the Moonlight
https://youtu.be/g5JqPxmYhlo?si=WkhuBeDso_TDh0h7
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