03話
「もう六月だねー」
「ああ」
雨が降っていても好きなことはできるからあまり関係なかった。
だから最初に言っていた雨云々はもうどうでもいい、一人でいられる時間があればそれで元気良くいられる。
「岩二君は雨、嫌いそうだね」
「嫌いというわけじゃない、それなら喜古の方が苦手そうだ」
クラスメイトで彼女に似ている存在は雨が嫌みたいなので言わせてもらったことになる。
「お、どうしてそう思うの?」
「明るいからだ」
「はは、あ、答えを言うと苦手とかそういうのはないよ」
「そうか」
人によって違うということはわかっているからなにもおかしなことではなかった。
そうこうしている内になにをしているのかは知らないが朝練習に行っていた慎が戻ってきて挨拶をした。
彼女もわかりやすく声のトーンが変わるからもう少しは隠した方がいいと思うと内で考えた。
「てつ、ちょっとさっき見てきたんだけどけいちゃんが男子と仲良くしていたぞ」
「コミュニケーション能力が高ければそんなものだ」
窓の向こうに意識を向けることをやめて慎の方に意識を向ける――なんだこの顔は。
「けいちゃんって本当に引っ越してきたのか? 元からこの高校の生徒だったんじゃないか?」
「朝練習で疲れたなら休んだ方がいい」
今日はまだ始まったばかりだ、休めるときに休んでおいた方がいい。
「おいおい、ふざけている場合じゃないんだけど」
「それなら言わせてもらうが、慎も最近話し始めた喜古も同じようなものだ」
慣れない相手とだってまるで友達かのように話せる人間が不思議なことを言う。
大体、けいが男子と仲良くしていたからなんだというのか、仲良くしたい相手ならそりゃ一緒に過ごそうとするだろう。
「いや、俺らは違う場所に行くことになったわけじゃないから違うだろ」
「慎の中でけいは引っ越してきていない、矛盾している」
「ちょっと喜古と話してくる」
喜古だって同じように答えるはずだがそれで満足できるということならいってくればいい。
慎がどういう目線で見ているのかを知ることができなければ俺にできることはなかった。
それからは同じような話で盛り上がることもなく一、二、三時間と時間が経過していく。
「なんか微妙なんだよな」
「そんなにけいのことが気になるのか」
「いまはそうだな、なんか納得できない」
こんなことは初めてだから驚いている自分もいる。
相手が興味を持つだけで彼から興味を持つことはほとんどなかった。
だが、大切な幼馴染が遠い場所に行ってしまったということでどこか冷めてしまった……のかは知らないが盛り上がっていなかった人間がこんなことを言っているのだ。
多分、近くにいて話を聞いていた人間なら俺と同じような状態になると思う。
「ならけいちゃんを連れてきてあげるよ」
「いや、それはしなくていい」
「うーん……それこそ微妙なのは慎だよね、はっきりしないというか」
「まあ、そのまま動いたら単に迷惑な存在にしかならないからな、そこは俺だってわかっているんだよ」
「つまり早くも独占欲を出してしまっているということだよねー」
違うところを見ながら「……こんなのあいつが消えてからなかったんだけどなぁ」と。
それよりもだ、彼に興味を持っている喜古的には面白くない話なのに協力をしようとするなんて優しすぎる。
怖いとはこういうところなのだろうか? 自分のしたいことを内に抑え込んで動けてしまうからそういうところを見て影響を受けてしまうということなのだろうか。
本当のところがどうであれ、俺にはできないことを彼女は平気そうな顔でしているわけだ。
「……落ち着かないからちょっと歩いてくる」
「はーい」
そうだよな、そういうときは歩きたくなるものだよな。
母が作ってくれた弁当を食べ終え、俺も違う方へ向かって歩こうとしたら「待ってよ」と止められてしまった。
「一緒にいる期間は短いけどさ、こんなことは初めてなんだよ」
「ああ」
「でも、なんでか悔しいとか寂しいとかそういうのはないんだよね」
「他の存在に興味を持つことは普通だ」
「うん、そうだよね、私だって慎とばかりいるわけじゃないしね」
笑ってから「いまだって岩二君と過ごしているわけだし」と。
だが、これはたまたまだ、短い時間でも慎がいたからこうなっているだけでしかない。
「一つ嫌なのはさ、この程度の気持ちだったのかと気づくことになることなんだよね」
「まだ一年も経過していないんだからおかしなことじゃない」
「それでも私は確かに男の子として意識をしていたんだよ?」
「気になるというレベルではなかったのか」
「うん、そうだよ、だけどこれだからさー」
もやもや……したのかは知らないがまだそれがそこからきているとは決まったわけではない。
なにかがある度に邪魔をするのは違うものの、ただ一緒にいる分には慎的にも問題はない。
寧ろここで変に距離を置いてしまうことの方が余計に微妙な状態になるだろうから変えない方がいい。
「これからだ」
「そうだけど……」
「まだ早い」
「うーん……」
また同じようなことを口にしたら言わせてもらえばいいか。
とりあえずはここで終わらせていい時間に変えていくしかなかった。
「俺、わかったんだよ」
「ああ」
「それはけいちゃんのことを妹として見ているってことだ」
もしかしたら彼の中ではあの幼馴染に似ているのかもしれなかった。
すぐに興味を持って行動をするところや、ふわっとした笑顔とか――これは俺が勝手に重ねているだけかと片付ける。
「実際、慎の方がいい兄になれる」
「や、別にそういうことを言ってもらいたいわけじゃないし、出会ったばかりなのに気持ちが悪いのはわかっているんだけどさ、どう考えてもそうなんだよな」
「そのまま言っても問題ないと思う」
「ちょ、ちょっと怖いからてつが代わりに言ってみてくれ」
昼休みに一緒に弁当を食べるという約束をしているからそのときに言わせてもらうか。
少しだけどういう結果になるのかを気にしている自分がいる。
「参加します」
「よ、よう」
「うん? どうしたんですか?」
「て、てつ」
「ああ。実は――」
すぐに終わったし、けいもけいで面白かったのか「ははは」と笑っているだけだ。
「面白いですね、お兄ちゃんが急に二人もできたということになりますね」
「やっぱりやばいわ、けいちゃんは俺らなんかよりもよっぽどしっかりしているわ」
「慎は大丈夫だ」
「や、別にお世辞を言わなくていいから、逆に精神がやられるわ」
これからどうなるのかはわからないがこれなら喜古的に悪い結果ではない気がする。
別に自分のことでもないのに少しだけほっとしている自分がいた。
ああいう顔は見たくない、計算であってくれた方がまだいい。
「そうだ、今度喜古先輩と一緒に木村先輩の家にいってもいいですか?」
「な、なんでだ?」
「喜古先輩がこの前、木村先輩の家にいい物があるって言っていたんです、それから気になっちゃいまして」
「いい物なんてないけどな、でも、来たいってことなら来ればいい。少なくともあの知らない男子と仲良くされているよりはいいな」
彼の家には最近のゲーム機とそれなりの漫画がある。
中々金がかかるからいい物とは漫画のことかもしれない、店で読もうとするよりは友達の物ということで読みやすいから。
「はは、そういうのではないですけどね、一緒の係なんですよ」
「なるほどな、それで仲を深めようという作戦か」
「ねえてつさん、木村先輩って昔からこういう感じなの?」
「いや、レアな慎だ」
というか、喜古が来ないのはこの前のことで冷めてしまったからだろうか。
いまこそ来てレアな慎をけいと一緒になってからかうぐらいでいてくれないと困る。
そもそも、どうして喜古は俺にあんなことを言ったのか、聞いてもらえれば誰でもよかったということでも微妙だ。
だって忘れることはできないから、残念な頭ではないことが今回に限って言えば残念な結果にしているのだ。
「そうなんだ? 私、レアなてつさんを見たいな」
「教室にいる俺がそうだ、それよりも――」
喜古のことを出そうとしたら「やっほー」とやって来てくれた。
「来てくれてよかった」
「お、はは、まさか岩二君からそんなことを言われるとは思っていなかったよー」
よし、これで後は弁当を食べておくだけでいい。
食べ終えたら歩くのもいいし、ここに留まるのもいい、教室と空き教室ではやはり違う。
あまり気にならなくなったが好きだから仕方がないと結局、甘い自分が出てきていた。
「えーということはけいちゃんが血の繋がった妹だったらシスコンになっていたということだよね?」
「そりゃそうなるだろうな、変な男と関わっているようなら突撃をさせてもらうぞ」
「えーけいちゃんが心配になるよー」
「大丈夫だ、俺はちゃんとどこまでが大丈夫なのかを把握できているからな、踏み込んだりもしない」
女子は強いな、慎だって負けそうになっている。
「仲良くなっても踏み込まないんですか?」
そしてからかっているのか本気なのかは知らないがけいは畳みかける人間だ。
弱っている獲物を逃さないのは効率的でいいものの、俺が相手のときはやめてもらいたいところだ。
そういうときに限って笑みを浮かべているものだから下手をすれば普通の笑みさえ悪いものに見えてきてしまうようになる。
「い、いや、そんなのはまだわからないからな」
「そうですか、ならよかったです」
しかし……これだとやはり喜古的には厳しくなりそうだ。
どんな形であれけいに興味を持っていることには変わらない、その状態でその対象が積極的に動けばどうなるのかは経験がなくてもわかる。
違う存在が動いたときよりもわかりやすく響くのだ。
「日曜日、走った後に家にいかせてください」
「わ、わかった」
走ることはやめないらしい。
「喜古先輩もよろしくお願いします」
「え、私も? 暇だけどさ」
「はい」
「じゃあ、うん、わかったよ」
正直、関係ない存在で本当によかった。
そのため、話を聞きつつも不安になるようなことはなかった。
「ただいま」
「おかえりー」
リビングでのんびりとしていたら結構、早い時間にけいが帰ってきた。
十五時ぐらいまでは慎達と過ごすと考えていたから予想外の結果だ。
「ふぅ、いっぱい走って疲れちゃったよ」
「もっとゆっくりしてきても問題はなかった」
「ああ、喜古先輩と木村先輩を二人きりにしてあげたかったから帰ってきたんだ」
「最初からそのために喜古も誘ったのか」
「うん、まだ出会ったばかりだけど少し遠慮をしているように見えたからね」
ならあの発言も喜古のためなのか。
しっかり言っておかないと勘違いをされてしまうような内容だから気を付けた方がいい。
慎のことを意識している人間であれば裏の裏まで考えようとしてしまう。
「学校と家ということで違うのか今日の喜古先輩は積極的だったよ」
「そうか」
「木村先輩も嫌そうじゃなかった」
教えてくれるかはわからないがそこは聞いてみないとわからない。
合わせてしまうときもあるため、そのまま信じるのは微妙だ。
「なんか羨ましくなっちゃって見ていたくなかったのもあるんだよね」
「友達と離れることになったからか」
「うん、一応、私にも喜古先輩にとっての木村先輩みたいな人がいたからね」
「連絡先は交換しているのか」
とは言いつつ、喜古にとっての慎みたいな存在というところが気になった。
だってそれはつまり好きだったということだ。
喜古がどれぐらい話しているのかは知らないがけいに全く話していないということはないだろうから知っているのに口にしているのだ。
「いや、それがスマホを持っていなくて交換できないままなんだよ。卒業式になったら買って持ってきてくれると思っていたんだけど、本人が頑なに契約してもらおうとしないでね」
「なら行ってみればいい、友達なら受け入れてくれる」
「うーん……なんかそれも気持ちが悪いかなって、もう同じ土地に住んでいるわけじゃないからね」
友達なら会いに行ったって問題もないのに気持ちが悪いで片付けしまうのは何故だ。
自分以外の人間のことはまるでわからない、まあ、わかった気になんてなられたくないだろうからこれでいいのかもしれないがこれなら知らないままでいたかった。
「どれぐらい走ったのかはわからないがこれ以上は無理をしない方がいい」
「あ、うん、そもそも体力的に無理だよ……」
「俺は歩いてくる」
避けているなんてことはないから勘違いをしないでほしかった。
今日はもう十分家でゆっくりしたから少し歩いてこようとしているだけだ。
「え、それを聞いたら休んでおくのはもったいない気がする」
「矛盾しているが参加したいということなら構わない」
「な、ならちょっと待って、飲み物を飲んでくるっ」
急がなくていい、外にいければそれでいいのだ。
鍵を閉めて特に目的もないままけいと歩いていく。
ちゃんと休憩の時間を設けたり、教えられていなかった場所を教えられたりと、珍しく年上らしく動けた時間となった。
だが、折り返してすぐに「もう無理……」と言って座られてしまったことでただの妄想であることがわかったが。
「ご、ごめんね?」
「気にしなくていい、相手が疲れているならこうするのが普通だ」
慎と比べれば遥かに軽いからなにも苦ではなかった、だから下がったテンションもなんとか復活して歩いていた。
「喜古先輩にもするの? 木村先輩とかでも?」
「ああ。普段役に立てていない分、頑張らせてもらう」
「そっか、てつさんは優しいんだね」
「普通だ」
相手が困っているようだったらなるべく動きたいというだけのことだ。
見て見ぬふりをしたくないから、結局は自分のためにしているということになる。
でも、それで誰かが結果的に助かるならまあ……悪くはないだろう。
「喜古先輩がお姉ちゃんだったら、木村先輩がお兄ちゃんだったらどんな風になっていたのかな?」
「少なくともけいは気を使う必要はなくなる」
起床したら頼れる姉や兄と話せるということと、同じ学年ではなくても同じ学校だから一緒に登校できるということで違ったはずだ。
慎に合わすのは少し大変なものの、同性である喜古が相手ならそれこそ恋の話で盛り上がることもできた。
「え、てつさんやお母さん相手に気を使ったことなんてないけど」
「無意識にしてしまっているということだ」
「いや、やっぱりそれは勘違いだよ」
「謙虚だ」
「ち、違うって」
延々平行線になるからこの話はここで止め、少し気になるから今日のことを聞くことにした。
改めて聞けば全てを教えてくれるというわけではないが前回よりも知ることができるのは大きい。
「ふふ、やっぱり木村先輩のことが気になるの?」
「気にならないと言ったら嘘になる、最近の慎は本当にこれまでとは違う」
正直、はっきりとしてくれるならこちらのことを放置してもいいから頑張ってほしかった。
「それって私の存在が影響を与えているってことだよね? いいことなのかな……」
「それがいいことだろうと悪いことだろうとけいは堂々としておけばいい、存在しているだけで文句を言ってくる存在なんて無視をすればいいんだ」
もっとも、あの二人はそんなことを言ったりはしないが。
ただ、問題はやはりあって、それはけいと喜古が同時に頑張りだしたときにどちらを応援したらいいのか、ということだった。
出会ったタイミングがほとんど同じだから悩むことになる、求められないとしてもそのような話を聞けばこうして勝手に考えてしまうから駄目なのだ。
だからできれば付き合えるまで黙ってくれているのが一番ではあった。
「えと、今更だけど重くない?」
「大丈夫だ」
「き、喜古先輩と比べてどう……?」
「知らないが、慎より遥かに軽いから大丈夫だ」
「そ、それで安心することはできないよ……」
それは今度、慎がなんとかしてくれることだろう。
自分が利用、別にけいが利用していると言うつもりはないがすることにならなければいいのだ。
甘い自分がいるせいで厳しくしたところで全てを守れずに周りに迷惑をかけるだけだから緩々でいい。
「おお、もう家だ」
「お疲れ様」
「て、てつさんもね、ありがとう」
「ああ」
飲み物を飲んで部屋へ、何故か付いてきたが普通に相手をさせてもらうだけだ。
それにしても本当によく来てくれる存在だ、こんな存在、慎以外で出会えるとは思っていなかった。
あ、いや、単に一人だとまだまだ慣れない場所ということで気になるというだけか。
だから結局、その自分のしたいことをしているだけでもけいは俺のために動いてくれているということになるため、俺がけいにしてやれたことなんて話にならないぐらいのレベルだということがはっきりしていた。
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