第11話 総合値

「コレで集まったのは全員か?」

「え、あぁ……全員じゃないっすか?」


 テキトーに応える部下の反応に、私は大きく息を吐いた。

 コレでも16支部の副団長を務めているのに、こんな反応。副団長とは、その所属している支部の団長の次に偉いのに、コレだ。


(はぁ……コレで注意でもしたら辞めても良いんすか? と言われ、団長には団員達に優しく接してくれと小言を言われる……こんなのが騎士団として存在して良いのだろうか?)


 今の騎士団は泥を被り続けた赤ん坊の様に、無邪気で、恐ろしい。ただ自分の好奇心と欲望のみで動く。理性など、まだ持ち合わせていない獣に近い。


(誰か、誰か私を手助けしてくれる者が居れば……)


 そんな事を思っていれば遅れて3人の子供が大広間へと入って来る。


 団長が新たな"盾"として目を掛けている期待の新人、佐々木 氷眞と言ったか。

 本来なら、早くから覚醒者へと至った者は、騎士団か冒険者協会へと入り、早くから力をつけ始める。

 最終的には、最低総合値がC級程まで至り、部隊の隊長、パーティーのリーダーに任命される事が多い。


 それも、大事に育成する事が出来ればの話だが……。


(何でも削減、削減……少しは未来の事を考えは出来ないのか? あの団長クソは……頭が痛くなってきた。もうこれ以上は考えるのは辞めよう。今はーー)


「突然集まって貰ってすまない!! 私は第16支部副団長、斎藤純也と言う!! 今日は未来ある若人を見つける為、総合値の測定を行わせて頂きたく参上した!! よろしく頼む!!」


 私は一息に言い切り、頭を下げた。


 周りからザワメキが聞こえて来るが、関係ない。相手が子供であろうと、礼儀を示す……それが本物の騎士団の姿であるのだから。


 私は子供達、そして騎士達へと指示を出す。

 目の前には、丸みを帯びた拳大程の水晶。

 それに列を成す様に、子供達が並んだ。


「それでは前のものから、[測定装置]に触れてくれ」


[測定装置]は力を数値化出来る代物で、高ければ測定者のスキルやステータスまで丸裸に出来る。


(此処にある物は総合値を数値化しか出来ないが、覚醒者を見つける……強い者を見つけるにはうってつけだ)


 子供達が触れて行く度に、連続して[1]という数字が出る。

[1]はまだ覚醒していない、無能者という証。


「まぁ……これまでは予想通り」


 粗方の子供が測定し終わり、あと3人。

 団長が目を掛けている佐々木だ。


「さぁ、触れてみてくれ」

「あ、あぁ」


 佐々木は何処か緊張した面持ちで、[測定装置]へと触れた。



[15]



 この数字に、周りから声が上がった。


 総合値50以下  E

 総合値50〜200以下 D

 総合値200〜350以下 C

 総合値500〜650以下 B

 総合値650〜800以下 A

 総合値800以上 S


 総合値はその数によってランク付けがされるが、10歳もしない子供の内に[15]というのは全国にも数百人も居ないだろう。これはそれ程までに凄い総合値だ。


「凄いな。これからも頑張るように」

「は、はい!」


 子供の内からこんな力を秘めているのなら、将来有望だ。でもーー。


(佐々木以外は目ぼしい者は居なかった)


 それが問題だった。

 なら、この前見回りで見たと言う子供はこの子だったのだろうか?


(……それか見回りした騎士達が酒でも飲んでたか、だ……こっちの方があり得そうだな)


 そんな事を思っていると、皆の視線が佐々木へと向かってる中、次の子が[測定装置]へと触れた。



[………]



「……何だ?」



[……1]



 水晶に触れてから少々のタイムラグの後、[1]が表示される。


 普通、触れてからコンマ何秒かで表示される筈なんだが……壊れでもしたのだろうか。

 私が[測定装置]に触れれば、直ぐに[521]と表示される。


(壊れてはない……? なら、何でこの子のが表示されるのが遅いんだ?)


 考えている内にも、次に控えていた少女が[測定装置]に触れた。



[6]



「お! 君、名前は?」

「か、神崎 凛です!」

「神崎か、君も佐々木と同様に覚醒者になったみたいだな。おめでとう」

「え!? 私も!?」

「『ステータス』と言ってみるんだ。恐らく、君の目の前にボードが現れる筈」


 神崎は「ステータス」と言葉にした後、[ステータスボード]を見たのか子供らしく飛び上がった。


 覚醒者が他にも見つかったのは幸運だ。

 総合値が[1]は無能者の証。[1]以外の数字が出れば覚醒者として扱われる。


[6]というのは少し低過ぎる気もするが、暁光とも言える。


「佐々木、神崎」


 2人は顔を見合わせた後、私の方へと近づいた。

 そんな2人に私は膝を着き、出来るだけ優しく、手を伸ばした。


「良ければ、2人にはこれから騎士団の見習いとして"トレーニング"を一緒にして行こうと思ってる。やってくれないだろうか?」


 精一杯の優しさ。

 ハッキリ言って、第16支部の騎士達の柄の悪さは見ての通り。2人が応じてくれるかは、私の態度次第だ。


 2人が戸惑っているのは、目に見えて分かる中、2人の視線は1人の少年に注がれているのが分かった。


(さっきの……[測定装置]に不具合があった子だ)


 少年は2人の様子に少し溜息を吐いた後、


「そのトレーニングというのは、2人の安全を確保されて出来る物なんですか?」

「あぁ。トレーニングと言っても基礎的な筋トレや柔軟、ダンジョンの知識を教えようと思っているだけだから、問題は無いさ」

「……なるほど。頻度はどの程度を考えているんでしょうか?」

「週に2、3回と考えているが…………君は、2人と仲が良いのかい?」


 こんなに質問してくるという事は心配しているのだろうか。


「彼女とは。彼とは最近の付き合いです」

「あ"? 随分冷めたいじゃねぇか? あんな苦労して一緒にダンジョンに

「兎に角、それだけの関係です」


 少年は冷たく言い放ち、佐々木は抗議するかの様に少年に詰め寄っていた。


 ただーー。


(もしかしたら今、"一緒にダンジョンに行った"と言おうとした佐々木の言葉を遮ろうとしたのか……?)


 聞き間違いなら別に良い。だが聞き間違いじゃなければーー。


「君の名前を聞いても良いかい?」

「榊 䨩です」


 榊 䨩……さっきの[測定装置]に少しの不具合といい、この言動。少し調べてみる必要があるな。


「……君もトレーニングに来たら良い。一緒にトレーニングは出来ないだろうが勉強にはなるだろうからな」


 そう言って私は周りに居る騎士達に指示を出し、子供達と明日に早速トレーニングをする事を伝えると孤児院を後にするのだった。


 ◇


 第16支部副団長、斎藤純也は僕に意味深な視線を向けながら孤児院を後にした。


 ーー賭けではあったが、助かった。どうやら少し疑われてたようだが、バレなかったようだ。


 僕はスキルを使い、今の総合値を誤魔化した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 偽装(E級)Lv1/10……自身のステータスボードを偽装する事が出来る。効果は微小。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 偶々、このスキルを持っていたから何とかなったが、これからは常に使っておこう。

 僕の様に『真実を捉える瞳』の様なスキルを持った者と出会えば、こんなの直ぐに見破られてしまう。


(これは最優先で伸ばしていくスキルだな……)


 強くなる。

 それが1番ではあるが、正体がバレれば……吹けば飛んで行く様な、何の後ろ盾も無い子供が、勝ち残っていける訳がない。


 僕は斎藤さんの背が見えなくなったのを確認すると、一先ず背後に居る凛へと頭を下げた。


「ごめん。凛のステータスを『偽装』する事が出来なくて」

「? 別に良いよ? だって隠す事ないじゃん! 私も覚醒者になったの嬉しいよ?」

「……何でそもそも隠すんだ? 覚醒者だって認められれば、隠れてダンジョンに入らなくても良くなるのに」


 凛の隣に居た氷眞も不思議そうに眉間に皺を寄せた。


 ……強いとバレてしまえば、"使える"と認識されるだけ。


「色々あるんだ。さぁ、明日からは忙しくなりそうだし、早く身体を休めよう。しっかり睡眠を取るのも強くなるには必要だ」


 そして今、事実を知っても身体が竦んでしまうだけだ。知らないで意気揚々と力をつけてくれるなら、そっちの方が良いだろう。


 僕は不思議がる凛と氷眞を孤児院の中へと促した。


 夜分、皆んなが寝静まるのを見計らって僕は起き上がる。


「䨩……」

「凛? まだ起きてたの?」


 同時に隣に居る凛に手を取られ、動きを止める。凛は少し眠そうに目を細めながら頷いた。


「うん……なんか眠れなくて。䨩は何で起きてるの?」

「……ちょっと、トイレにね」


 そう言うと少し間を置いて、握っていた手に力を込められたのが分かった。


「䨩……なんか、変わったよね。少し前から」


 その言葉にドキッとする。

 僕が回帰して来た事など分かる筈も無いのに、子供ながらの感性からなのか……。


「変わったって? 何処が?」


 僕が平静を装いながら聞くと、凛は僕の言葉を綺麗に飲み込むと、ゆっくりと言葉を選ぶ様に紡いだ。


「なんか……前はいつも下を向いてた気がする。目立たないように、目立たないようにって。でも今は……前を向いてる。目立たないようにってのは一緒だけど?」


 ーー核心を得てるな、と僕は思った。


 昔はただ、トラブルに巻き込まれないように生きていた。

 トラブルメーカーである氷眞にはほぼ毎日いじめられ、部屋の隅で2人で遊んだ。大部屋では誰かに絡まれないように、2人で寄り添って寝た。騎士に殴られない様に、目立たないで生きていた。


 だけど、今は違う。

 目立たないようにはしてる。だけど、それは未来を見据えての事でだ。前とは、心構えが違う。


 僕は笑って肩を竦めた。


「やっと、今の大事さに気付いたからかもね」


 この世界での命は、羽の様に軽い。それは気まぐれに吹く一陣の風に、簡単に運ばれる。

 "今の"僕達の命なんて……何の価値もない、綿ゴミに等しい。


 だからーー。


「これからは、もし死んだとしても誰かが惜しむような物にはなろうと思ってるよ」

「なにそれ……それだと䨩は死んだ事があるみたい」

「まぁね、実は僕って人生2度目なんだよね」

「嘘ばっかりっ!」


 僕は舌を出して笑う凛の頭をポンっポンッと優しく触れた後、「早く寝ろよ」と声を掛けて大部屋から出た。


 さぁ、今を大事に生きよう……未来の為に、凛の為に。

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