第10話 魔キノコ

『あ、あった……!!』

「え……探してたのってコレか?」


 2階層を探し回って数十分。僕らの目の前には、毒々しとも言えるドス黒い紫色のキノコがあった。


「そう! やっと見つけた……!!」

「ゲッ!? 擦り寄るんじゃねぇぞッ!! 死んじまう!!」


 氷眞の思った通りの反応に笑いながら、僕は改めてキノコを見た。


 斑点の付いた笠から漏れ出る謎の紫色の煙。

 間違いない。

 数年後には超高級食材として扱われる。味も昨日の旨みを凝縮された様で、組織の上の者しか食べられなかった。一口食べれば、魔に取り憑かれたかの様に求めてしまうキノコ。その名もーー。


『"魔キノコ"って言うんだ。煮ても焼いても美味しい。あって良かったよ』


 僕は氷眞に[魔キノコ]を取る様に指示すると、氷眞は顰めっ面でオズオズと魔キノコをむしった。


「うっ……心無しか気持ち悪くなって来たような」

『ほら、時間が無いんだ。サッサっと次のを探そう』


 これは今の凛にはうってつけの食べ物。

 魔キノコは味もさる事ながら、栄養も満点でステータスが上がりやすくなるように体格も変わると言われた食べ物だ。


 器が丈夫で無ければ、魔力の総量は増えない。

 これで少しでも体が強くなって、魔力量も増えれば凛が脱魔病を発症するまで時間が稼げる筈。


『じゃあ、落とすなよ』

「何で俺が……」

『お前にも食べさせてやるんだ。後になって感謝してくるのが目に見えるよ』

「絶対言わねぇ」


 魔キノコを氷眞の道具袋一杯にすると、帰路に着く。


 まぁ、僕も食べた事がないから何とも言えないが、早く帰って凛に食べさせてあげよう。


 ◇


「何だと? 子供が1人ダンジョンに入って行ったのをみた団員が居るだと?」


 夜分、ある執務室にて男が執務机を隔て話し合っていた。

 若く、姿勢を正す男は書類仕事をこなす男の言葉に頷きを返す。


「夜間に見回りをした新人の様子が可笑しかったので聞いてみたところ発覚しました」

「夜のダンジョンに入るとは、バカな奴が居たもんだな……貴重な盾がーー」

「………一先ずご報告をと思いまして、それでは失礼します」


 男は早々に執務室から離れる。"肝心な事"は報告せずに。


(だけど……早朝に子供達の人数を数えたら変わらずだった。つまり、夜のダンジョンに入っておきながら生きて出て来た奴が居る!)


 第16支部は落ち目の騎士団と言われつつある。しかし、そんな騎士団に期待の新人が入れば変わるかもしれない。

 そんな願望を心に秘めた男、斎藤さいとう 純也じゅんやは第16支部の副団長。団長とは違い、向上心を持った男だった。


「どうにかして見つけて保護しないと……」


 純也は手元にある仕事を早く終わらせようと、足早に廊下を駆けた。


 ◇


「さて、ではご賞味あれ」


 僕は孤児院のある小さな物置で、凛と氷眞を相手に魔キノコ料理を振る舞おうとしていた。

 小さなテーブルの上には、調理済みの[魔キノコソテー]が置かれている。


 テーブルの上にある[魔キノコソテー]と、部屋の扉近くの壁にもたれ掛かる氷眞を交互に見て、戸惑いがちに凛はゆっくりと口を開いた。


「䨩……何で氷眞が居るの?」

「この食べ物、氷眞と一緒に取って来た物なんだ。だから一緒に食べようと思って。それに、これがこんなに取れたのは氷眞のお陰だから」


 それを聞いた氷眞は「ふんッ。嫌なら食わなければ良い」とそっぽを向く。


「まぁ……良いけど……」

「よし。なら、実食だ」

「え、これ本当に食べ物なの?」

「じゃあさっきまでコレを何だと思ってたんだよ……」

「え、何か……凄い作り物?」


 ……まぁ、言いたい事は分かる。

[魔キノコソテー]は、見た目は最悪だ。臭いは無臭で、食べようと思えない。口にするのも勇気がいる。


「なら……最初は僕から頂くよ」


 僕はサクッとフォークの先を魔キノコへ突き刺した。僕は、凛や氷眞の緊張感の伝わる視線を受けながら口へと運んだ。


 瞬間。口一杯に広がる、最早甘いと表現が出来る程の濃厚な旨み。

 肉汁と勘違いしてもおかしくない旨みが、身体全体に行き届く感覚を覚える。


「ん……!!」



 しかし、同時に身体の毛穴という毛穴が広がる感覚が僕を襲った。


【ユニークスキル"魔之体(E級)Lv1/5"を取得しました】


 僕は跪きながら自身のステータスボードを開いた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 名前:さかき れい

 種族:???……スライムLv4/10

 ユニークスキル:真実を捉える瞳(EX級)

         魔之体(E級)Lv1/5


 スキル:擬態(E級)Lv2/10

     偽装(E級)Lv1/10


 腕力 5(+3)

 防御 5(+4)

 素早さ 5(+3)

 魔力 5(+4)

 知能 15(+15)

 精神 15(+15)

 運 0(+1)


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 魔之体(E級)Lv1……身体に魔力が馴染むようになり、魔力のステータスが上がりやすくなる。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 普通、美味しいだけなら市場にも卸して良い筈。それでも、組織の上の者しか食べられなかった……これが理由か。


「䨩!? 死なないで!?」

「おい!! 大丈夫か!?」


 跪く僕に心配してきたのか、2人が駆け寄る中、僕は2人に「美味し過ぎた」と伝え安心させると、食べる事を勧める。


「!! うわっ! これ凄い美味しいよッ!?」

「はぁ? こんな見た目で……んな訳ねぇだろ? ……っ!? はぁぐっ! ハグッハグッ!!」


 2人が夢中になって[魔キノコソテー]を食べている姿を見ながら、僕は[魔キノコ]の危険性を改めて感じていた。


 食べるだけで"ユニークスキル"が得られる。

 ユニークスキルというのは、あるだけで上級の騎士や冒険者になれる素質を秘めた存在と認識されるのに。ユニークスキルを後天的に、手に入る事はほぼ不可能と言われているのにだ。


(魔力が身体に馴染むようになる、か)


 単純でありながら強力なスキル。

 魔力はダンジョンがこの世に存在してから現れた、"新しい元素"として知られている。


 人間の身体は元は魔力を受け付けない様に出来ている。しかし覚醒すると共に、後付けで魔力を蓄えられる器官が形成される。


 無能者の凛が食べたらどうなるのかーー。


 僕は『真実を捉える瞳』を発動させた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 名前:神崎かんざき りん

 種族:ハイヒューマン(仮)

 ユニークスキル:魔之体(E級)Lv1/5


 腕力 1

 防御 1

 素早さ 1

 魔力 1

 知能 1

 精神 1

 運 10


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ーー思っていた以上の収穫だ。

 ハイヒューマンの隣には(仮)と書かれていた。それでも、凛にステータスボードが現れた事に僕は涙を堪えた。


 無能者と覚醒者では、それほどまでに違うのだ。


「……今度は、凛も一緒にダンジョンにコレを取りに行こう」

「え、ダンジョンッ!?」

「んぐっ、ゴクッ。はぁ……コイツはまだ覚醒もしてねぇんだろ?」


[魔キノコソテー]を飲み込み、氷眞が心配したかのように眉間に皺を寄せた。


「うん。だけど、人が多くなればコレを一度に多く持って来れるようになる。行く回数が減れば、僕達が怪我をする可能性も必然的に低くなる」

「だからって、コイツをアソコに連れて行くのは……」

「今の分が無くなったらまたアソコに取りに行くつもりだけど、それまでは1階層でステータスやスキルのレベルを上げれば良いと思ってる」


[魔キノコ]の残りはあと10数個。1日に1人1つ計算なら5日程は持つだろう。1日休み毎になら、2人の良い休みにもなって丁度良い日程で行ける筈。


 まぁ、僕はいち早くスライムのレベルを上げる為に毎夜ダンジョンに入るつもりだがーー。


「危険な事はしないよ。決してね」

「それなら……まぁ、良いけどよ……ん? 何か騒がしいな?」


 話が纏まりかけた瞬間、氷眞が部屋の外が騒がしい事に気付く。

 扉を開ければ、外では慌ただしく子供達が走っていた。その表情から遊んでいるのではないのが理解出来た。


「おい、どうしたんだ」


 氷眞が近くにいた子供の腕を掴み、問い掛ける。


「い、今、大広間に副団長さんが来たんだ!!」

「あ? 副団長さんが? 何で今……」

「なんか、"等級"? を測るとかって……」


 ッ!!


「それ、本当か?」

「え、う、うん」


 子供から頷きを返され、僕は頭を抱えた。

 ……完全に想定外。等級を測る……つまり僕達の総合値を測るという事。


「おい、どうしたんだよ?」

「䨩……?」


 氷眞にはまだ分からないだろう。

 今、僕達は重大な危機に晒されている事を。


 もし、もし、僕達が高い総合値を出そうものなら……僕達は有用な盾だと認識されるという事だ。

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