第9話 ゴブリン
「ふ、ふん! スライムも大した事ねぇな!!」
氷眞は階層を降りている途中に出会った、僕よりも一回り小さなスライムを相手に雄叫びを上げていた。
(まぁ、普通の魔物では無いからね)
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名前:ーーー
種族:クリーンスライム
スキル:清掃(E級)Lv.10/10
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氷眞を横目に、スライムへと真実の瞳を発動させる。
階層間では、強力な魔物は出現しない。更に温度は一定で環境も変わる事がないので、よく休憩スポットとして使われる。つまりトイレなどを此処で済ませる者が多い。
その為、汚れ物が溜まりやすく、このようなステータス表示も無い、無能者でも倒せるクリーンスライムなどが現れる。
(だけど、これを倒した所でレベルは上がらないだろうな)
基本、覚醒者がステータスやスキルのレベルアップを行うには経験を積まなければならないが為、このような魔物を倒してもステータスは上がらないだろう。
(上がったとしてもスキルの体術のレベルだけかな……)
氷眞が未だにクリーンスライムと戦う中、僕はおよそ2メートル程であろう幅の階段をポヨポヨと降りて行く……警戒を怠る事無く、だ。
未来の情報から言えば、此処はダンジョンの隠された1.5階層へと続く"隠し階段"である筈で……はまだ見つかっていない筈なのに、此処に汚物があるのは可笑しいのだ。
(……此処にはまだ誰も来た事がない筈なのにーー)
「ん? 何だ今の声?」
振り返ると、氷眞が背後で耳を澄ましていた。
氷眞の言葉通り、僕も耳を澄ます。そして……聞こえて来る。
ゴン ゴン ゴン
「ギイ、ガギィ」
「ギィ、ギギギ」
階段に何かぶつかる様な規則的な音。意思を疎通させるかのように会話するそれらは、こちらを見据え舌を舐め回した。
「お、おい、アレって……」
『……クソッ』
ダンジョンの1階層、増してや1から2階層への階段には基本、弱い魔物しか出ない。1階層で見たのはスライム。つまり、2階層までは出たとしても複数体のスライムが出て来る。
そう思っていた。
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名前:ーーー
種族:ゴブリンLv2/5
スキル:棒術(E級)Lv.2/10
腕力 2
防御 2
素早さ 2
魔力 1
知能 2
精神 1
運 1
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隠し階層だった為か。
知能を持った魔物を、ダンジョン攻略初心者の子供が相手取るなんて、自殺行為でしかない。
「うッ、うわあぁぁぁぁッ!!!」
『おい! 待て!!』
氷眞が叫び声を上げて階段を駆け上る。それに反射的か、ゴブリン達も獲物を定めたのか駆け上がって来る。
氷眞はビーストの運動神経か、凄い速さで階段を駆け上がっている……アレなら恐らく逃げ切れる。
(だけど、僕は無理だ)
今の僕のステータスはゴブリン達よりも劣る。増してや魔物の中で最も遅いと言われるスライム、逃げ切れる訳がない。
なら、僕がやる事は決まっている。
僕はゴブリン達の少し前方目掛けて、酸液を吐き出した。
「「ギッ!?」」
階段はシュワシュワと白い煙を立て、階段の形状が坂になる。加えて、スライムの酸液からの酸っぱい匂いにゴブリンは悲鳴を上げてのけ反った。
(今だッ!!)
僕は酸液で出来た坂を飛び超え、ゴブリンへ飛び掛かった。
力技ではどうにもならない。酸液も肌の表面を溶かす程度なら、液状のこのスライムの身体を利用してーー
『窒息しろッ!!』
僕はゴブリンの顔にへばり付いた。
どんな生物でも、生きる為には呼吸が必要だ。それはゴブリンでも同じ!!
「ッ!? ッ!!」
「ギッ、ギイィ!!」
隣に居たゴブリンが僕を引っぺ返そうと腕を伸ばして来る所に、僕は酸液を発射する。
しかし、隣に居るゴブリンは酸液を掛けられた事にキレたのか、相方の身を考えずにフルスイングで棍棒を振るった。
(ぐっ!? 痛みは感じない、けど! 身体の力が……!?)
スライムの液状の体が辺りに散らばる。
自身の血液が一気に抜かれた感覚に、力が抜ける。
しかし、棍棒を振るわれ気絶したのか、ゴブリンが分かりやすく力が無くなったのか分かり、僕はもう一体のゴブリンを警戒する様に距離を取った。
(あと一体……僕の攻撃手段は酸液だけだ)
ステータスでは知能と精神だけが勝ち、力と速さは負け、防御が互角。圧倒的不利、スキルもあるのは『擬態』と『偽装』。どちらも戦闘用のスキルでは無い。
(下手に顔に飛び掛かっても、塞がれるのが目に見えている。さて……どうするか)
相手の拮抗状態が続く中、気付く。
「ぅぉぉぉぉおおおおッ!!!」
それは時間が経てば経つ程大きくなり、視線を横にズラせば、そこには此方目掛けて飛び掛かる氷眞の姿があった。
「この野郎ッ!!」
ゴブリンは氷眞の飛び膝蹴りをまともに喰らうと、呻き声を上げながら階段を転げ落ちる。
「待ちやがれッ!! ……このッ!! このッ!!!」
氷眞はゴブリンの元まで行くと、マウントポジションを取りゴブリンを殴った。
子供の喧嘩に見えなくも無いがステータスはゴブリンよりも上で、上手くダメージを与えられているようだ。
(僕もやらなきゃ……)
それに加勢するように、僕はゴブリンの背中と地面の間に滑り込む。そして、そこで酸液を分泌する。
「ギィィィィッ!?!?」
ゴブリンの上には氷眞、抵抗する事も出来ない。僕の酸液で背中を溶かされるしかない。
【スライム Lv3/10になりました】
ゴブリンを倒した影響か、レベルが上がった。これで恐らく現実世界でのステータスも上がった筈。
もう一体のゴブリンにもトドメを刺そう。
僕は心の中でガッツポーズしながら、気を失っているゴブリンの元まで行くと顔に乗っかり酸液を分泌した。
【スライム Lv4/10になりました】
よし……ん?
予想通りのメッセージに満足していると、次に出て来たメッセージに思わず動きを止める。
【条件を達成しました】
【ーーー実行しようしましたが、現在の種族であるスライムのレベルがMaxでない為、実行をキャンセルします】
【レベルがMaxになると、自動的に実行します】
これは……何だろうか?
ゴブリンを倒した事で、何らかの条件を達したのだろうが……さっきゴブリンを倒した時は何も出なかった。
(まぁ……今のスライムのレベルがMaxになった時点で、自動的に実行されると言うし今は気にしなくてもいいか)
僕は落ち着くように息を吐く(スライムボディを上下させる)と、何やら1人で盛り上がっている氷眞の元へ移動する。
『氷眞、どうしたんだ?』
「おぉッ! 俺の体術レベルが上がったんだ!!」
『それは良かった。最初は逃げたと思ったけど、よく戻って来てくれたよ』
「は、はぁ!? アレは作戦の内だったんだ!! 逃げようと思ってた訳じゃ……!!」
「どっちにしろ助かった。だから、ありがとう」
「ッ……チッ! 足引っ張んじゃねぇぞ!!?」
氷眞にとっては初めてのダンジョン攻略。普通なら逃げても可笑しくない場面だ。
それでも氷眞は、戻って来てくれた。
前世では、氷眞とは喧嘩ばかりしていた。
だけど、氷眞は僕が思ってる奴よりも良い奴だったのかもしれない……しかしそれに気が付けたのは、僕が力を付けたから。
弱者は淘汰される。
僕が氷眞より力を付けたから、このような関係が生まれた。
それを忘れてはならない。
凛を救う為なら、僕はどんな事でもする。
狡猾な蛇でも、凶悪な鬼にでもなってみせる。
(まぁ、今は2階層でアレを見つける事が優先だけど)
僕は氷眞の背中を追うように、2階層へと向かった。
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