第17話 断る権利

 入口のそばの看板に『何でも屋ゼロ』と書いて、依頼料等の目安を書き込んでいく。


 他にも大きな看板が欲しいが、まだ予算が足りない。早いところ儲けを出しいところだが……


「依頼してくれる人なんて、いるんですかね……」


 ずっと懸念していたことだ。


 いくらグレイブと互角に戦ったクマのような男という評判があるにしても……いきなり現れた不審者に依頼する人がいるだろうか。


「……まぁ、長い戦いになると思うけど……」

「そうですね……最初に誰かが依頼してくれたら、他の人も安心して――」


 ひめの言葉の途中で、お店の扉がノックされた。


「どうぞ」レイが入室許可を出して、入ってきたのは……「あれ……ゼーラさん……?」


 何でも屋ゼロに入ってきたのは、エミリアの母親ゼーラだった。


「おはよう」ゼーラはにこやかにお店に入ってきて、「ずいぶんキレイにしてくれたのね……どう? お店は気に入った?」

「……はい……」なぜゼーラがお店に来たのか不可解に思いつつ、ひめは、「朝食……ありがとうございました」

「あら……作ったのはエミリアよ」

「材料の調達はゼーラさんでしょう?」

「そうね……でも安いものよ。これからあなたたちから、売上を分けてもらうんだもの」


 なるほど……お店までもらって朝食も毎日もらう。

 そんな相手に、お礼をしない訳にはいかない。最終的に得をするのはゼーラなのだ。


 やはりこの人……かなりのやり手だな。敵に回すと面倒そうだ。


「さて……」ゼーラはソファに座って、「依頼をしに来たの」

「え……?」レイは一瞬意外そうな顔を見せてから、「ああ、なるほど……ありがとう」

「あら……なんでお礼を言われたのかしら?」

「……そういうことなら、気が付かなかったことにしようか」

「そうしてちょうだい」


 ……要するに、ゼーラは最初のお客様になってくれるのだ。


 得体の知れない謎の何でも屋。しかし……誰か1人が依頼をしたとなると、話は別。


 実績と信頼を得るには、依頼をこなすしかない。しかし実績がないうちは、依頼が来ない。


 ゼーラが最初の実績になりに来てくれたのだ。ありがたいことである。

 しかもゼーラサイドにもメリットがある。レイの何でも屋が儲かれば、それはゼーラへ還元されるのだ。

 お互いに得をする行動。口でいうほど簡単じゃないが……ゼーラは思いついて実行してくれた。


 どんな簡単な依頼でもいいのだ。最初はという実績が必要なだけなのだから。


「じゃあ、さっそく依頼ね。ドラゴンをなんとかして」

「……」全然簡単な依頼じゃなかった。「……ドラゴン……?」

「そうよ。何でも屋さんなんでしょう?」

「……そうだけど……」レイも依頼の重さを理解している。「ドラゴンって……どれくらいの大きさ?」

「そんなに大きくないわよ。3メートルくらい」

「十分に巨大だね」

「そう? 今の魔物を統治するドラゴンは、10メートルより大きいと聞くけれど?」

「……そんなのと比べないでほしいけれど……」断れる立場じゃないことは、レイだって承知の上だ。「なかなか、したたかだね」

「そりゃそうよ。女一人で娘を育てないといけないんだもの」母は強し、ということだろうか。「引き受けてくれる?」

「断れないのわかってて言ってるでしょ……引き受けるよ」

「ありがとう」


 完全にゼーラの手のひらの上だった。


 どうやらゼーラはレイよりも、格上らしい。立場というものもあって、レイはゼーラに頭が上がらないようだ。


「それで……どうしてドラゴン退治を僕たちに?」レイは仕事モードになって、「騎士団に頼めばいいんじゃないの?」


 それもそうだ。騎士団なんて名前がついているのだから、ドラゴン退治くらい請け負ってくれそうなもの。

 逆に騎士団でも尻込みする相手なら、レイたちに期待するのもおかしな話。


「そうねぇ……騎士団はあの子には手を出せないの」あの子……ドラゴンのことだろうか。「エミリアにも関係する話だし……ちょっと込み入ってるのよねぇ……」


 よくわからないが、そうらしい。


「まぁ、あの子に会ってみればわかるわ。あの子の居場所はここ」ゼーラは地図を取り出して、とある山の中に赤い丸をつける。「ここに彼がいる。とりあえず、会ってみて」

「知り合いみたいに言うんだね」まるでそのドラゴンと友達みたいな雰囲気だ。「それより、依頼内容を明確にしてほしいんだけど」

「明確?」

「うん。ドラゴンをなんて曖昧な言い方じゃ、なにをすればいいかわからないよ」


 それはひめも気になっていた。ドラゴンを倒すとか討伐する、ではなくて……なんとかする、というのはかなり曖昧な依頼だ。


 なんとかしたかどうかの基準など人それぞれだから、適当に言い訳して依頼料がもらえない可能性だってある。ゼーラは依頼料を踏み倒したりしないだろうが……それでも依頼は明確にして欲しい。


「じゃあ……そうね。あの子に。その後のことは、任せるわ」

「……会うだけでいいの?」

「それだけでOKよ。初依頼としては、楽なものでしょ?」明らかに変な依頼だ。それだけで終わるわけがない。「どうしたの? そんな不思議そうな顔をして」

「……」レイはまだ探るような目をしていたが、「……わかったよ。僕たちに断る権利は今のところ、ないからね」


 正確には権利はある。だけれど、その権利を行使したらデメリットが大きい。

 ゼーラには切り札があるのだ。このお店を貸さない、もう使わせない、という切り札がある。

 それを切られたら苦しいので、レイとしては受けるしかない。今から他の働き口を探すのも大変だろうから。


 というわけで最初の依頼は……というもの。


 ただ会うだけでいいのなら、楽なんだろうけど。

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