ドラゴン
第16話 怖い夢
これは夢だとわかっていても、怖いものは怖い。
夢なんて見たくないのに、過去のことなんて思い出したくないのに。なのに、なぜか思い出してしまう。なぜか夢に見てしまう。
血に濡れた自分の手。血まみれの床。そして家族。
夢の中の自分の手には包丁。その包丁が赤くなったり白くなったり黒くなったり。
視界が歪み続けている。人の形も部屋の形も色もぐちゃぐちゃ。
あまりにも奇抜な色合いすぎて、夢なのはすぐにわかる。
だけれど、その夢のモデルが現実に起こったことだから、恐怖であることに変わりはない。
早く目が覚めればいいのに。そうすれば彼がいるのに。
夢の中には彼がいない。それだけで恐怖なのだ。希望がないのだ。
☆ ☆ ☆
最近はうなされることなんて珍しかった。
だけれど……異世界という新しい環境に本当は怯えていたのだろうか。
空気を求めて、飛び起きた。
「……っ――!」
起きた勢いでベッドから転げ落ちそうになって、
「おはよう」優しく、手を掴まれた。「怖い夢を見た?」
「……」呼吸を整えながら、
あの世界にはレイがいなかったから、怖かった。
「そっか……でも、もう大丈夫。僕がいるからね」
僕がいる。彼がいる。
その事実が、高ぶった心を一瞬で鎮めてくれた。
「……ありがとう、ございます……」
「どういたしまして」それから彼は伸びをして、立ち上がる。「さて朝食……って食料がないんだった」
言われてみればそうだった。空腹は辛いけれど、まぁ我慢しよう。
「じゃあ……早く掃除して開店しようか。張り紙とか宣伝もしたいけれど……ちょっと人手が足りないね」
現状の従業員は2人だけ。協力者も特にいないので、2人だけで何とかするしかない。
掃除道具は押入れに無造作に置いてあった。それらを駆使して接客スペースの掃除を進めていると、
「ごめんくださーい」明るい少女の声とともに、ドアがノックされた。「レイさんヒメさん。私です。エミリアです」
エミリア……たしか、昨日出会った少女だ。ゼーラの娘で、路地裏で襲われそうになっていた少女だ。
レイに目線で許可を取って、
「おはようございます」エミリアが礼儀正しく礼をしてから、手に持った袋を示して、「こちら、お届けに上がりました」
「……?」
「入っていいですか?」
「どうぞどうぞ」
というわけでエミリアが部屋に入って、テーブルの上に、
「こちらです」サンドイッチが置かれた。「お母さんが……よく考えたら、あの人たち無一文だろうから、朝食くらいあげるって言ってました」
「わぁ……それはありがたいです」朝食だけで十分だ。もらえるだけありがたい。「いいんですか?」
「はい。私も朝食まだなんで、一緒に食べましょう」
やたらエミリアに気に入られてしまっている。
まぁ……ありがたいことだな。
「じゃあ、ありがたくいただこうか」
レイが掃除道具をおいて、ソファに座る。
「あ、好き嫌いがありますか?」エミリアが言う。「今後の参考にしますので、お聞かせ願えれば」
「作ってもらってるんだから、文句なんか言わないけど……」レイは途中でなにかに気づいて、「エミリアさんが作ったの?」
「はい。お口に合うといいんですが……」
「じゃあ、頂きます」レイは両手を合わせてから、サンドイッチを口に運んだ。「……うん。おいしいよ」
「あ、よかった……」ホッとしたように、エミリアは緊張を解く。「ヒメさんもどうぞ」
「ありがとうございます」
というわけで、
紛れもなく美味しい朝食だった。空腹ということもあるが、それにしても美味しい。
エミリアの料理の腕は確からしい。レイにも見習ってほしいものだ。
「そういえば」かわいらしくサンドイッチを頬張りながら、エミリアが、「昨日、お城の訓練に乱入した人がいるみたいですね」
「そうみたいだね」
他人事みたいに答えるレイだった。本人だろうに。
「なんでも大柄でクマみたいなガタイで……鋭い眼光と低い声が特徴みたいですよ」
思わず吹き出しかけてしまった。誰だそれは。
「そ、そうなんだ……」レイも笑いかけていた。「お、面白い人がいたんだね……」
「そうですねぇ……その人に会ってみたいです」
すでに会ってるんだけど……まぁ、別に伝えなくてもいいか。
それにしても、伝言ゲームというのは恐ろしい。
レイは小柄でかわいらしい、中性的な声の人だというのに……気がつけばクマみたいなガタイを持った人間ということになっている。
おそらく……あの騎士団長グレイブと互角にやりあったという噂から、勝手に背格好が想定されたのだろう。グレイブさんと戦うということは、きっと大柄なんだろう……という感じで、想像が想像を大きくしていったのだろう。
だとするなら……売名は失敗に終わったのだろうか。しかしまぁ……名前くらいは多少伝わってると思うから、効果はあったのだろうけど。
「ごちそうさまでした」3人がサンドイッチを食べ終わって、エミリアが、「では、私はこれで。なにかあったら、遠慮なくご相談ください」
「ありがとう。エミリアさんも、なにかあったら相談してね」
「それは依頼として、ですか?」
「どっちでもいいよ」お店を貸してもらっているのだから、無料で手助けしてもいい。「とにかく、朝食ありがとう」
「はい。しばらくは、毎日用意させていただきますね」
ありがたいお言葉を頂いてしまった。
そうしてエミリアが去っていって、レイが言う。
「クマみたいだってさ」
「噂というのは怖いですね……」レイとは正反対の情報が出回っている。「どうします? 訂正しに回ります?」
「それも面白いけれど……まぁ、何でも屋が軌道に乗れば、勝手にイメージも修正されるでしょ」
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
まぁ、別にクマみたいな男だと思われていても問題はないのだろう。
「さてじゃあ……はじめようか」
何でも屋ゼロ。開店である。
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