第4話
少女が俺たち二人(二羽)を――
服の内側に隠し、抱えて移動している。
疲労で動けない俺たちからすれば楽な移動である。
さて、彼女について――周りからすればどう見えているのだろうか……。俺たちが服の内側にいるせいでちょうど胸が膨らんで見えてしまっているのではないか? ……異様な巨乳である。
まあ、彼女の年齢を考えればそんなわけがないと誰もが気づくだろうけど。
なら、なにが入っているのか。
疑問でなくとも興味を持つのが人間だろう。
なかったとしても視線が向くはずだ。
そこで、万が一にも俺たちペンギンだと気づけば……。
少女が抱えているとは言え、見逃してくれるだろうか――
この船はやはり豪華客船だった。
乗船している人たちはみな大金持ちや有名人である――ペンギンという清潔とは思えない動物が敷地内に入っていれば、間違いなく駆除するだろう。……それができる権力と、駆除を可能にする設備も整っているはずだ。
色々と想定しているだろうし、俺たちの侵入は想定内と言えるだろう。
だから、見つからないように移動してくれと願うが――届いているか?
伝わっていても、難しいだろう……少女に一任するには酷な内容だ。
少女の服越し。薄く見える視界で周囲を観察する。
薄めの生地で助かったな……厚みがあったら外の様子なんて分からないだろうし。
「大丈夫かよ、バツ……、この子を親の元へ送り届けるって言ってもさ……難しいだろ。問題だって山積みだ」
「俺だって、できることなら危険なことはしたくないけどさ……――じゃあ聞くけど、恋敵はさ……『不安で仕方がない』って顔をしている小さな女の子を見捨てることができるのか?」
それは……、と言い淀む恋敵。
答えを返せなかった恋敵だが、しかし、考えていることは手に取るように分かる。
恋敵だって、見捨てることなんかできなかったはずなのだ。
たとえ大事な用事があったとしても。
後回しにすることはあっても、見捨てることはしないはずだ――。
「……分かったよ」
恋敵は、これ以上この件に関して愚痴を言うつもりはないようだ。
「それで――、お父さんとはどこではぐれたんだ?」
「えっとね――」
と、少女が顎に指を添えて、考える仕草をする。
小学生なのに、大人っぽい子である。
父親が大金持ちで、色々と大人の世界に連れていかれることが多いのかもな。
だからこそ、大人を見て、大人っぽい仕草をしてしまうのかもしれない。
職業病みたいなものだろうか?
それにしても――驚きだ。
彼女、俺たちの言葉が分かるのだ。
ペンギンの鳴き声ではなく、言葉もその意味も、そして想いも、全て伝わっている。
さっき追いかけてきた男は俺たちの声など聞こえていないようだった……必死になって追いかけていたから、という理由もあるだろうけど、たぶん、鳴き声が聞こえていても言葉とその意味までは分からなかったのではないだろうか。
ペンギンが人の言葉を喋っていれば、必死さなんてなくなりそうなものだ。
だが、結果、男は驚くこともなく奪われた下着を回収して部屋へ戻っていった。
俺たちの言葉は男には届いていなかったのだ。
ペンギンらしい鳴き声だけが耳に届いていたわけで……違和感を抱くことがなかったのだ。
それが普通なのだ。
であれば、俺たちの言葉が分かるこの少女は普通ではないってことになるんだけど……。
子供にだけ聞こえるのか。
それとも、この子にだけ聞こえるのか――
それだけでも確認したいところだ。
近くに都合良く子供がいればいいけど……まあ、いないか。
探せばいるが、それは目的ではない――後回しだな。
ともかく、無茶はせず、少女の父親を探そう。
子供だけに聞こえるだなんて、ファンタジーである。
……ペンギンになっている時点で充分にファンタジーだけど。
「おとうさんは部屋にいるはずなんだけど……でも、おとうさんの部屋がわからないの」
えへへ、と笑う少女。
もうただの少女ではなく、彼女にもちゃんと名前があるのだ――自己紹介はされている。
すると、恋敵が先に質問をした。
「
「ヒント? ……うーん、なんだろ」
「船の中で、お父さんの部屋は後ろの方にあったとか……そういうのでいい。思い出してくれると助かる」
そうだなー、と理々が呟く。
ヒントが出そうな気配はなさそうだ……。
――
それが少女の名前だ。
汚雲、という名字は有名だ。
みんなが知っているような名前である――だからこそ、彼女の父親を探すのは簡単だと思っていたのだが、しかし難航中である……
船の上で言うべき言葉ではないかもしれないけど。縁起が悪いな……。
船の中をぐるぐるぐるぐる周ったけれど、しかし見つからない……。
本当にいるのか?
いるのだろうけど、そう思ってしまうほど、いない。
見つからない。
どっと疲れた……、歩いているのは理々なのだけど……。
俺たちは抱えられ、揺らされているだけだ。ただ、体力的な疲弊はなくとも精神的な疲弊はある。目的地に辿り着けないもどかしさが、常に心を緊張状態にしているのだ……疲れるわけである。
服の内側でぐったりとしている俺たちを心配し、理々が気を遣ってくれた。
水が必要だと思ったらしく、水場まで連れていってくれた……まあシャワー室だけど。
充分だ。
水を浴びるのはいいけど、その後、理々の服の内側に入ることを考えたら――タオルはないのか?
タオルを用意する前に、理々がシャワーの水を俺たちにかける……ふぅ。
ペンギンだからなのか、疲れた体に冷水がかかったからなのか分からないが、気持ち良かった……生き返ったような気がする。
それに、まるで体の奥底から力がみなぎってくる感覚がして……もしかしたらプラシーボ効果かもしれないけど、それならそれでもいい。
元気になったかもしれない、ってだけでも充分だ。
「大丈夫? バツくん――」
「理々、その呼び方はちょっと……鳥肌が立つから変えてくれるか?」
「え、だめなの……?」
「……いや、やっぱりいいよ、そのままで」
理々の表情を見て。
きっとあれこれ言ったところで引く気はないのだろうなあ、と分かった。
言うだけ無駄なら言わない方がいいか……これ以上、疲れたくないし。
仕方ない。バツくん、という呼び名を許可しよう。
あの
し過ぎて、損ではないとは思うが……相手は小学生だ。わがままを言うのも少しは遠慮をした方がいい――ペンギンでも年上だ。
子供らしくない理々でも、子供なのだから――。
俺たちが大人らしくしなければ、教育に良くない。
「気になることがあってさ――理々。お前はイベント会場に入れるのか? さっき見たポスターによると、ダンスパーティーがあるみたいだけど……お前のお父さんがいるかもしれないぞ」
理々は少し考えた後、
「そうだね」と言った。
俺はダンスパーティーと言ったが、どうやらダンスだけをするわけではなく、色々と他にもイベントがあるらしい。
数ある中の一つがダンスだから、少しだけ理々の理解が追いつかなかったのだ。まあ、ダンスも含まれているから、間違いではないのだけど……だから理々もすぐに分かったのだ。
「うん、入れるよ。じゃあいこっか――ほら、服の中に入って」
理々が俺たちを服の内側に誘って――抱えてから走り出した。
なんだか、父親を探しにいくというより、俺たちと遊んでいるようだった。
……実は迷子だったのは嘘だった、なんてことがありそうだ。
もしかして、家出? だったりして。
なら、仮に家出だったとしたら――――
それでも俺たちのやるべきことは変わらない。
気が済むまで遊べばいい――
気が済めば、きっと理々も、家に戻りたいと思うはずだろうしな。
そして、俺たちはイベント会場に辿り着いた。
理々は走りっぱなしだったので息を切らしている……それもそうだ。
彼女はまだ小学生であり、ペンギン二羽の重さを抱えて走ればこうなるだろう。軽いわけがないのだ。
彼女を楽にさせるために服の内側から早いところ出たいけれど、しかしできない。
大人に見つかればアウトである。
こうして理々に包まれていなければ、船の中を自由に歩くこともできないのだ。
……これが最善。
俺たちの『どうにか軽く感じさせてあげたい』という試行錯誤は、かえって理々の負担になってしまっていたようで――
「暴れないで。いまちょっと疲れてるから……そこに隠れてて」
一瞬だけ服から出る。
壁際の陰へ……、理々の背中と壁に挟まれるように隠れる。
覗かれたらすぐに見つかってしまうが、すれ違うくらいなら見つからないだろう……たぶん。運だな。
「うんっ、もう大丈夫!」
一休みを入れた理々が復活し、俺たちを抱えて移動を始めた。
……本当に休めたのか? と心配になるが、彼女が大丈夫と言っているなら大丈夫なのだろう。そこは信じよう。
イベント会場内を悠々と歩く理々。
服の内側から、薄っすらと見える景色を見る――人が多い。
ダンスパーティー……以外もあるのだったか。
どうやらこの船には日本人だけでなく、外国人も乗っているらしい。……そもそも、この船がどこからどこへ移動しているのか、分からない。
日本人以外がいてもおかしくはない船、ということになるし……それに、お金持ちが多いな。
それに、有名人も――多くいる。
名前が広く認知されている人ばかりが乗船しているようだ。
世界各国のお偉いさんもいる――集合している。
俺だったら緊張して一歩も歩けない自信がある。
「……そんな中を軽い足取りで抜けられる理々は、一体何者なんだよ……」
呟けば、すぐに返事があった。
隣の恋敵だ。
「汚雲家の一人娘だからな、これくらいできるんだろ――、一人娘なら、汚雲家を継ぐのは理々ってことになる。幼い内からこういう場所に連れてこられるのは当然ってところだな」
大事な一人娘なら、いなくなれば父親も必死になって探しそうなものだが……、これだけ歩き回っても父親とは出会えていない……。
ということは、父親は理々が迷子になっているとは思っていないってことか。きっと、どこかに遊びにいっていると思っていて……、他のお偉いさんと商談(?)でもしているのかもしれない。
思えば、ボディーガードもいないのだろうか?
一人娘なら、父親の目が届かない場所ではボディーガードが目を光らせていそうなものだけど……。
スパイを疑うなら雇わない……としても、目を離した隙に攫われでもしたら、スパイ覚悟で雇った方がいい気もする……まあ、どっちもどっちか。
どちらにせよ、理々へ降りかかる危険は変わらない。
だけど……もしもボディーガードがいれば……。
現在も、遠目から見られているのでは?
「……理々、理々には、ボディーガードっていないの?」
すると、理々が口を開けて……思い出したように「あ」と声を出した。
「そういえば、いない、かもしれない……いつからだろう? 途中まではいたような……? 迷子になる前に消えたのかな……、んぅ? なんで迷子になる、直前に?」
ボディーガードがいたのは事実のようだ。
でも、今はいない――。
遠目から観察しているわけでも、ない……ようだ。
理々の護衛という仕事を放棄して、どこかへいったのであれば。
……他に優先するべき理由ができたのか?
理々が撒いただけなら良いけど、そうでもなさそうだ。
理々に撒けるボディーガードなら、いない方がマシである。
「…………なにか、水面下で起きているのか……?」
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