第2話
インパクトは確かにあるが……悪い方向へいってしまっている。
恋敵を見れば、首を左右に振っていた。
関わるべきではない。それには俺も同感だった。
たとえあの人物に用があったとしても、話しかけるのは躊躇われる。近づきたくもない……関係性を残しておきたくはない相手だ。
俺たちはゆっくりと後退し――しかし。
思い通りにいかないのが人生だ。
最悪へ進む、そう思っておいた方がいい。
――理不尽がやってくる。
奇妙な格好の女性(?)が俺たちに気づいた、気づいてしまった。
……まあ、最初から向こうも認識はしていただろうけど……ただ、あくまでもそこにいると分かっていただけだ。狙いの的ではなかったのだが……、今は、違う。
近づいてくる。
俺たちは襲われるのか?
まさかあのカマでグサリ、はないとは思うが、少なくとも良いことが起こるとは思えない。
不幸がやってくるだろう。そうとしか思えない――逃げられない袋のネズミだ。
俺と恋敵は、近づいてくる存在に畏怖したせいか、その場から動けなかった。待ちたくないのに待ってしまう矛盾である。
やがて、近くまでやってきた女性が、待ち合わせをしていたみたいなノリで話しかけてくる。
「やっほー、お待たせ。君たち、こんな時間にうろうろしているってことは、もしかしてサークルにはまだ入っていない? だったらさっ、私のところに入らないかな? 見て分かる通り、『オカルト研究会』なんだけどさっ」
オカルト研究会――
オカルト研究会?
だからそんな格好をしているのか、とは、納得まではできなかった。
オカルト研究会ってそういうことをするサークルだったっけ?
この大学のこのサークルだけの仕様なのかもしれないけど……。他がそうだとも言えないわけだ。
ともかく、怪しい格好の先輩(?)に話しかけられて緊張していたが、想像の中の彼女が酷いせいで、実際に声を聞いてみれば良い人なのかもしれない、と思った。
少し安心だ。
……全面的にはまだ信じないが。
彼女のことを十全に知っているわけでもないし。
でも、少なくとも悪い人ではなさそうである。
「あの、オカルト研究会って、なにをするところなんですか?」
おそるおそる、話しかけてみる。
オカルト研究会と言えば、その通りに『オカルト』を『研究』するのだろうけど、じゃあ内容を誰かに教えるとなった時に黙ってしまう自信がある。
研究、と言っても、多岐にわたるだろうし、オカルトを研究する以前にまずオカルトってなに? というところからだ。
漠然としているのだ、どっちも。
結局、得体の知れないものだ。
「見て分からない?」
「はい、まったく。意味が分からないですね……不気味ですし、お化け屋敷からそのまま出てきたみたいで、だとしたらお似合いの衣装ですけど」
「あはは、お化け屋敷でこの格好をしたことあるけど、それだと全然怖がってくれないんだよね、なんでだろう――格好良いって言われちゃって。こっちは怖がらせようとしているのに」
嫌な思い出だったのだろうか。
先輩が落ち込んでいる……俯きがちに。
派手な動きを控えるようになった。
静かになったのなら良いことだけど……悪いことをしたかもしれない。
あと、気になったことがある。
恋敵のことだ。
俺の隣にいながらまったく喋ることをしなくなった。
俺の背に隠れ、先輩の視線から逃げている――
苦手なのが顕著に出ているようだ。
短い付き合いの俺でも驚いてしまう……短いゆえにか?
人見知りというか人間不信レベルに思えるけど。ここまで対応ができないとなると、大丈夫なのだろうか、恋敵は。俺がいないとダメなんじゃ……。
だって、相手は女性だと言ってもマスクを被っているから顔は見えないし、女性的な要素もほとんど隠れてしまっている。
女性だと分かるのは声くらいなもので――もしかして声だけでも緊張してしまうのだろうか。だとすれば、生きづらそうである。
他人事のように言ってみた。
実際、他人事だしな。
しかし、恋敵は親友である……独占をしたい相手だ。
放っておくこともできなかった。
俺は、その弱点も独占したいのだろう――恋敵の視線に、なるべく先輩を入れないように壁となり、話を続ける。
先輩の注意は俺に向けさせるべきだ。
「お化け屋敷のことは残念でしたね……それで、俺たち――いえ、僕たちになにか用でもありました?」
「『俺』でいいよ、遠慮は私が一番嫌いな態度だから――。……え? というか、聞いていなかったの? 言ったじゃん、オカルト研究会に入らないかな? って」
「オカルト研究会……」
「不安そうな目だね……分かるけどさ。私だって最初は躊躇ったもんだし――こんなさ、なにがどうなっているのか分からないようなおかしな組織に入るのはさ。一週間、みっちりと悩んだものだよ……ただ、最終的には面倒になって、軽い気持ちで入ったんだけどね。もうここでいいやーって感じで」
悩んだ結果、結論が出ないまま、納得していないまま突き進んでるじゃないか。
で、今の彼女が出来上がったのか……間違った選択の末路にしか思えないんだが。
失敗作を見ているようでもある。
彼女からすれば、成功なのかもしれないけど……。
大学で、しかもイベントでもなんでもない普通の日にこんな格好ができる人間を普通とは言えないだろう。
少なくとも、優良とは言えない。
完全に不良である……。不良と言ってもまだまともな部分があるから、より質が悪いとも言えるが……。
犯罪を犯している分かりやすい不良ではない。
そうであれば、こっちの出方も絞られたものだけど……彼女のような『悪』とも言い切れない悪はどうにもやりづらいな……。
人によって悪かどうかが切り替わる。
俺だけだ、彼女が悪に見えているのは。
相変わらず恋敵はなんとも言ってくれないけれど、仮に後ろから加勢してくれていたとしても彼女には勝てなかっただろう……、なにがどうなって勝ちなのかは分からないが。
彼女は、勝てる相手ではない。
「まあまあ、そう悩むこともないって。二回、三回もきてとは言わないからさ。こういうのは一回で充分なの。だから一度でいいからっ、きてきて、二人とも!」
俺と恋敵の腕を無理やり取って、先輩が俺たちを引っ張っていく。
まったく抵抗できなかった……これは先輩の力が強いからか?
いや、強いのではなく、扱いを知っているような感じだ。
動きを封じる手を知っている……? 慣れているような手つき。
抵抗できないまま、俺たちは構内に連れ込まれて……。
ここまできてしまえば、もう逃げることはできないな、と溜息を吐く。
逃げることができたとしても、逃げ切ることはできないだろう……。
こうなれば、損はできるだけしないように――
ここは前向きに考えよう。
オカルト研究会に、少しでもいいから興味を持つようにして――せっかく体験するのだから、楽しむ気持ちを持っていないと損だろう。
食わず嫌いで毛嫌いするのも良くはないか。
すると、先行していた先輩が立ち止まり、振り向いた。
今それを言う? と言いたくなったが、こういう先輩なのだろう。
「あ、自己紹介してなかったね……私は
さっきも言っていたな……遠慮ではないのだけど。
年上を相手するとなれば、自然とそういう口調になってしまう。
遠慮ではなく、こっち側の気持ち悪さを失くすためでもあるし……。
「……俺は、
「へえ、珍しい名前ね。じゃあ――バツ君って呼ぶことにするよ。どうかな、満足かな? バツ君」
嬉しそうにはしゃぐ先輩だ。
珍しいと言ったけど、先輩の名前も似たようなものだ……
しばらく喋ったことで最初に感じていた不気味さが取れた気がした。パンプキンの内側がどういう表情なのかは未だに分からないけれど、反応からして笑顔だろうことは予測ができた。
……子供のようにはしゃいでいる。
その無邪気さが、不気味さを取ったのだ。
大学内では見られないような反応だ。
年上がジャンプしてはしゃいでいる……。
痛々しい、とはならないのが、先輩らしさなのだろう……。子供っぽいのがとても良く似合っていた。
誉め言葉かな? 体はそのままで精神だけが子供のままで――やっぱり誉め言葉には聞こえないかもしれない。
こっちは正直に褒めているんだけど……。
――箱戸鯱先輩。
先輩の言葉に、俺は自然と微笑んで、答えを返していた。
「構いませんよ、呼び方なんてなんでもいいですからね」
「なら、その先輩って呼び方も変えてよ――私、嫌いなの。気軽に鯱って呼んでいいよ。これから一緒に活動するサークル仲間なんだし……先輩って呼び方はおかしいでしょ?」
いや、おかしくはないでしょ。
別に、先輩と呼ぶ後輩だっているし、あだ名で『先輩』と呼ぶ学生だっているはずだ。
変なことではないはずだけど……だから好みの問題と言っているわけか。
鯱先輩は、そこは頑なに譲る気はないようだった。
俺に『呼び捨て』を強要してくる。
脅しだ、命令だ――パワハラだ!
呼び捨てにしない、という先輩命令だった……。おかしいな、先輩呼びをするな、と言いながらも、先輩であることは強調している……まあ、おかしなことではないのか。
呼び方を変えろ、というだけで、先輩後輩の関係性が崩れたわけではないのだから。
先輩も意地になっているのかもしれない……ここは俺が引くしかないか。
ここで、年上の女性のわがままを聞いておく練習をするのもいい機会か。
悪くはない。
「それじゃあ……恥ずかしいけど、鯱、と呼ぶことにします」
呼んでみて気づいた……めちゃくちゃ気持ち悪い。
先輩には悪いけど、やっぱり、かなりきつい……。
自然と戻していこうと決めた。
「それでいいのよ、最初からそうしなさいって――良い子良い子、よくできました。これで君は私のものね……ねえ、バツ君?」
「…………」
この時、深くはっきりと、鳥肌が立った。
まだ、人間の肌だったけれど。
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