鳥鳥【リバイバル版】

渡貫とゐち

vol.1

第1話


 目が覚めたら『ペンギン』になっていた。


 そんな一文から始めてみれば面白そうな小説の冒頭になりそうなものだ。

 だけど。

 これがもしも現実だったとすれば、笑っていられるような状態ではない。


 笑えない。

 他人事だから笑えたのだ。


 これが自分の身に降りかかっていると分かれば、さすがに顔面蒼白だ。

 動くべきではないのかも……。

 しかし、動かないことには解決もできないわけで……


 ――動くしかない。



 ――状況を把握しよう。


 視界がいつもよりも低い。地面がすぐ近くだ。

 手を伸ばしてみれば、指は一本もなく、あるのは黒い羽だ。


 上手く体が動かせない……慣れていないのだから当たり前だ。

 動けば、何度も何度も転んでしまう。

 まあ、地面が揺れていることも原因の一つだろうけど。

 揺れ? 地震ではない、この揺れ方は……?


 それに。

 俺はいつの間に移動していたんだ?


 ここ、揺れる暗い部屋は、いったいどこなんだ――?



「おっ、いたいた――こんなところにいたか。まさかと思って探してみれば、やっぱりおまえもここにいたか、『バツじるし』――」



 視界の先にいたのは、背筋をぴんっと伸ばしたペンギンである。

 俺より少し大きいか……?


 えっ、ペンギンが喋ってる!? と驚くよりも先に、どうして俺のあだ名を知っている? というところに引っ掛かる。


 しかも言い慣れている。

 いつも通りだ、と言わんばかりだ。

 そして、俺も聞き慣れている……、すっと、耳の奥まで届いた。

 この声の感じは、あいつしかいない――。



「……恋敵こいがたき? で、合ってるよな? ……別人だったらめっちゃ恥ずかしいけど……」


「合ってる。合ってるし、話しかけたこっちも気持ちは同じだ。ペンギンになって早速見つけた別のペンギンだ、おまえじゃない可能性もあったが、おれは『おまえ』なんじゃないかってすぐに分かったぜ、バツ印――。一応、人間だった頃の記憶がある。直前に、おまえと一緒にいたはずなんだ」


 直前の記憶……、確かに大学で、恋敵と一緒だったな……。

 でも、どうしてペンギンになっているのか、その理由や原因までは覚えていない……。

 黒い『もや』がかかってしまっている……。


 現状を、怖い、と思うべきなのだろうけど、しかしちょっとだけ、にやりとしてしまう自分もいる。だって、ペンギンになれる機会なんてそうあるわけがない(いや、本来なら一度もないだろう)。だからこの状況を不幸だとするのは損だ……、せっかくペンギンになったのだから、今しかできないことをするべきではないか――。


 最終的には元に戻りたいし、それを諦める気はないが、まあ、明日でもいい。

 今日くらいは、ペンギンの姿で遊んでもいいのではないか?


「おい、バツ、この隙間から進めるぞ――目が慣れたとは言え、暗い部屋にい続けるのもストレスだ……さっさと出ようぜ。ペンギンだからこそ入れる隙間だし」


 俺たち専用の通路だ。

 恋敵も、すぐに元に戻ろう、とは思っていないらしい。


 ペンギンのまま、遊ぶ気満々だ。

 こういうところは気が合うねえ……、さすが俺の親友である。


 隙間に体を突っ込ませる……、奥はさらに暗い通路だった。

 勘で進むと、がん、と壁にくちばしが当たった……やっぱり狭いな。


 それに、慣れた目もここでは機能しない。壁の位置も分からないままだ。進むだけでなく、段差を上がったり下がったり、ペンギンの体でなんとか障害を乗り越えていく。


 ちょっとずつだが、動くのに慣れてきたが……かなり疲れた……。

 普段使わない筋肉を使っているせいか、いつも以上に疲労感がある。


「バツ、おまえは本当に、覚えていないんだよな?」

「うん、なんにも、これっぽっちも、覚えてないよ」


 本当に、なにも――いや、でも待てよ?

 大学、真っ暗な部屋――火がある……

 これは、蝋燭ろうそくの火か……?


「真っ暗な部屋か……」


 ぺたぺたと歩きながら、恋敵が呟いた。

 もしかして同じ記憶があるのか? と期待したが、どうやら漏れた俺の声を復唱しただけだったらしい。


 恋敵が覚えているわけではないのだ。

 暗い部屋、を取っ掛かりに、考えてみる……思い出してみる。

 だけどやはり黒い『もや』みたいなのがかかっていて、思い出せないけど……さっきよりは薄いのか?

 ちょっとずつだけど、記憶が見えてくるようになってきている……。



「あ、サークル?」


「それだ!!」



 思い出したのか、恋敵が羽で、俺の背中をぺしぺしと叩いてくる。

 痛くはないけど……鬱陶しい。


「そうだ、思い出したぞ……、おれとおまえは『オカルト研究会』に連れ込まれて……無理やり、見学させられたんじゃねえか! そこで、真っ暗な部屋の中で、おれたちはおかしな儀式をさせられた……――『ちょっとでいいから』だとか『どうせなにも起こらないよ』とか言いながら――……結果、どうだ? おれたちはペンギンになってるじゃねえか!!」


 ここに、因果関係があるのかどうかは怪しいものだけど……否定もできないか。


「クソ、あの女……ッ、次に会ったら全部の説明をしてもらうからな!!」


 憤慨している恋敵だが、姿がペンギンなので、可愛いらしく地団駄を踏んでいるようにしか見えなかった。


 言葉は罵詈雑言を吐き出し続けているけど……――ところで、俺たちは今ペンギンだが、さて、俺と恋敵では言葉が通じているが、これが人間相手となるとどうだろう?


 仮に届けば、元に戻る可能性も高くなるが……逆だと難しくなる。

 厳しい。

 というか、不可能なのでは?


 部屋にペンギンがいる、という状況はどうなのだろう……良し悪しが分からない。

 見つかれば、保護されるのか駆除されるのか――いきなり殺処分はないとは言え。

 どちらにせよ嫌なので、逃げるしかないわけだが……。


 人間相手に、逃げられるわけがない。

 だから逃げずとも、見つからなければいいわけで――。

 負ける勝負なら、しなければいいだけだ。


 見つかれば一発でアウトと思っておいた方がいいな。



「バツ、見えたぞ……光が見えた! さっきのところは物置きだったんだろうな……、そこから移動して――……ん? なんだ? あっちの景色は……。部屋だが、窓の外に海しかないから――船の中か?」



 船――中でも、近いものを挙げれば、豪華客船。

 海の上。

 海が見える高さを考えれば、少なくとも漁船ではないだろうし……。


「まあ、規模は歩いてみないと分からねえけどさ……戻るにせよ、遊ぶにせよ、ここがスタートってことだ」


「……だな」


 暗闇から急に強い光を見てしまい、両目がやられた……反射的に目を閉じる。

 目を閉じてから――――……ん?


 記憶が戻ってくる。


 目の前にあるのは、大学……か?




 ――昼時のことだった。

 肩を叩かれ振り向けば、後ろにいたその男は俺を昼食に誘ってくれた。


 いつも明るいそいつの名前は、憩場いこいばと言い――俺はこいつのことを『恋敵』と呼んでいる。


 理由はある。元の名前から連想したのもあるが、彼の体質のようなもの……が、由来と言えばそうだろう。

 彼の場合、どうしてか『好意を向けているわけでもないのに同性の相手から同じ女性を狙う恋敵にされている』――のだ。


 それを聞いてから、俺の中で彼のことは『恋敵』であり、それ以外に適したあだ名は見つかっていない。……使っているのは俺くらいなものである。


 恋敵と言われるだけあって、なかなか整った顔をしている……イケメンだ。喋らず、その場に立っているだけならモテただろう……しかし、話してみれば、彼は絶対にモテないなあ、と思わざるを得ないのだ。


 彼のトークは人を選ぶ。万人受けではないだろう。理解するのも難しい。

 それに、恋敵自身が女性を避けているようで……勘違いではないだろう。

 度々、避けている場面を見てきている。


 俺の知り合いの女性を恋敵に紹介してみたところ、想像もしていなかった結果になった。

 恋敵は女性を前に、まったく喋れなくなってしまったのだ……。そこを面白がってくれた彼女たちだったが、まあ、成功とは言えない会だった……。


 彼女たちはどうか知らないが、恋敵の方はもう二度と会いたくないとまで言っている……――二人が特別、嫌ってわけではなくて……


 女性が苦手なのだ。

 あれほど弱った恋敵を見るとは思わなかった……。

 それでも彼女たちには好印象っぽく映ってしまっているのは、恋敵らしいとも言えるけど。


 それからか。


 恋敵に、親近感が湧いたのは。



 弱点を知ると近づいた気になれる。

 なんにせよ、その一件から、俺は恋敵が見逃せなくなった。


 恋敵の方は俺のことなんて、多くいる友人の中の一人だろうけど。

 でも、俺の中では親友だ――結局、親友なんて言っても言い方の違いがあるだけで、友人と同じなんじゃないかと思ったものだけど……


 だが、やはり恋敵を友人の枠に入れるのは、嫌だった。

 これが友人と親友の違いなのかもしれないな。


 手離したくない。

 独占したいのだ。


 そういう気持ちを抱くことが、親友なのではないか――。

 まあ、間違っていてもいいさ。困るわけでもない。


 点数など引かれない、評価など下がらない。正すのは自分だ。

 そのまま、突き進んでしまうのも自分である。


 俺は、恋敵を独占したかったのだ。




「なあ、バツ――、サークル、どこにするのか決めたか?」


「いや、まだかな……興味を引くものがないんだよね――これと言って、さ。どれか選べと言われたら、途中で棄権するレベルでなにもない」


 おまえもおれと一緒かー、と、恋敵が同意した。

 彼は腕を組みながら――考えるフリだろうけど。


「色々と見学してるけどよお、いまいちなんだよなあ――これだ! ってなるものがねえ。売りって言うか、インパクトがない」


「インパクトを求めてるのか? 格闘技系に入れば? 嫌でもインパクトを受け取ることになるだろ」


「肉体にダメージを与えるインパクトはいらねえよ!! 心に響く方のインパクトが欲しいんだよおれは!!」


 インパクト、か。

 確かにこの大学のサークルはどこも頭を隠すように身を縮めて、小さく遠慮しているように見えている。

 押しが弱いのか……、昨今のコンプライアンスのせいなのかもしれないけど……。これは偏見だけど、サークルってもっとこう、無理やり連れていくようなところじゃないのか?


 イメージとは違い、そんな気配がまったくない。

 校風と言ってしまえば、そうかもしれないけど……。


 まるで「嫌われたくないから、とりあえず誘うけど去る者を追うことはしない」――と言うのか。

 親切過ぎるのかもな。


 優しい――それが悪いとは言わないけど。

 そのせいで俺や恋敵のようにうろうろとしている学生が出てくるのだ。

 暇を持て余したようなやつである。


「……まだ見学していないところ、あるか?」


「あるけどさ……、探せばまだまだ出てくるぞ。サークルの数、馬鹿みてえに多いからな。おれも見学したサークルは多いが、さすがに全部じゃねえし、三分の一もいってねえんじゃねえかな……」


 そんなものか。


 恋敵がどれだけ回ったのか知らないから、なんとも言えないが……。

 インパクトがないサークルばかりを見て周ったのでは?

 選んでいったのであれば、恋敵のセンスだろ。


「あ、インパクトと言えば、あれはどうだ――インパクトしかないだろ」

「ん?」


 俺が指差した方向には、ガイコツを大量に体にぶら下げ、死神が持っていそうな大きなカマを二本、肩にかけていて――


 加えてパンプキンの被り物をしているあれは、なんだ?

 体のラインを見れば女性っぽいけど……


 ――謎の人物が目の前に立っていた。

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