第2話

「転校生」とかみたいな属性での呼称っていつまでしていいんだろう。

「委員長」とか、「委員長」をやめるまでずっとそのまま呼ばれてる人いるよね。

「新人さん」とか、私はバイトでそう呼ばれるたびに名前覚えてもらってないのかなと思ってしまったの。

 一回でも名前を呼んだら、もう「転校生」とは言ってはいけないと思った。


 *


 昼休みにちゃんと一緒にご飯を食べる人がいるのはかなり幸福なことだと思うけれど、スマホ依存の私からしたら、退屈な話題とともに食すよりは一人でスマホを見ながらお弁当を食べる方がいいのではないかと思ってしまうことがある。おそらく、お互いにそのように思っている。けれど、惰性でそのまま一緒にお弁当を食べている。どちらともなく近い席に座り、さっきの授業がどうとか、もう次の瞬間には忘れているような話題を出したり、出さなかったりしながら一緒に過ごしていた。

「転校生のことどう思う?」

「どうって、——結構おとなしい子やな」

 三和優は、前回と打って変わって率直な印象を教えてくれた。

「三和もそう思うんや」

「内海もそうなん?」

「うん」

 三和は椅子の背もたれに右腕を乗せ斜め後ろを向いた。

「坂木さんのグループに入ったみたいだけど、いまいちなじめている感じはしないよね」

 私は三和の肩越しに転校生を見た。

 表情はにこにこしているけれど、口はほとんど動いていない。三人足す一人、と言っていいようなグループだった。

「まだ一か月やし、しゃーないとは思うけど、三人の世界を変えようとしないのが気に入らんわ」

 三和はそう吐き捨てた。

「どうせ、推薦目当ての点数稼ぎやし。そんなんに巻き込まれる転校生がかわいそうやわ」

「点数稼ぎ、とか……偏見かもしれんやん。私たちはまだ転校生とほとんど話したことないのにそう言ってまうのは坂木さんがかわいそうやで」

「内海はいい子やなあ」

 三和はぐるりと前を向いてお弁当の続きを食べ始めた。

「転校生……藤崎さんだっけ、と何話したん?」

 まだ転校生から目をそらさなかったが、三和の言葉で真正面に視線が戻った。

「いや、ほんとに、英語の課題もらうね、と、ありがとう、のそれだけやで」

「私も課題回収するときしか話さんかったもんな」

「ごはん食べ終わったら話しかけてみる?」

「無理やろ。基本、坂本さんらの近くおるし。うちらがわざわざ首を突っ込むことちゃう」

「そうかもしれへんけど……」

「話しかけたいんやったら行って来たらええやん。私はイベントの周回で忙しいからパス」

 そう言って、食べ終わった弁当箱をいそいそと片付けてスマホを抱えてしまった。こうなったら三和はほとんど話さなくなる。

 私もふと我に返った。なぜこんなに転校生のことを気にかけてあげてるのか。スマホケースが一緒だったからだろうか。気になると言えば気になるけれど、たったそれだけのことだし、被るのが嫌で一週間前にケースはすでに買い替えてある。最後まで残しておいた卵焼きを口に放り込んで、飲み込み、お弁当箱を片付ける。そのまま席を立ちトイレに向かった。

 昼休みのトイレはなぜか混んでいる。鏡を見るために列ができているのだ。だいたいみんなが昼食を食べ終わるこの時間帯くらいに、彼氏と会う前にだとか好きな人のいる教室に入る前にだとかで見た目を整えにくる女の子が多いのだ。この女の子たちを見るといつも冷めと感心が混ざった気持ちになる。だから私は生きてきて今まで彼氏がいないのだ、とわかっていながらも、前髪のミリ単位の調節が私にはできない。三和も同じような感じなのだろう。だから彼女と過ごす時間が好きなのだ。

 ふと疑問に思った。転校生はどうなのだろう。転校生は髪は基本きれいにしてあることが多いが、日によってセットされていたりされていなかったりする。毎日きれいにストレートにしてくる女の子たちと、私たちの間くらいの美意識を持っていると見た。

 個室から出ると、鏡を占領していた女の子たちは掃けていた。手を洗っていると、隣に人が来る気配がして、反射的に反対側に体を寄せた。鏡越しに隣を見ると、そこには転校生がいた。私はびっくりして、「え」と声が出てしまった。

 転校生は声の方向に顔を向けようとしたのだろう。その目線の途中の、鏡越しにばっちり目が合ってしまった。

「……藤崎さん、だよね」

「……そうですけど……」

「私、同じクラスの内海日奈なんやけど、えっと……スマホゲームが趣味って、最初の自己紹介で言ってたやん? 私、音ゲーの一日のミッションこなすくらいであんまりやけど、私の友達の三和ってやつが、結構のめりこんでて、もし藤崎さんも音ゲーするなら趣味合うかもしれへんな、って思ってたんよ」

 全部口に出してから、しゃべり過ぎた、と気づいた。唾を飲み込んで、次の言葉を探した。藤崎さんからは返事が来ない。

「えっと……」

「内海さんと三和さん、ずっと話しかけてみたかったけん、嬉しい」

 間が持たずに口をついて出たつなぎ言葉だったが、 藤崎さんの声が被った。

「二人ともいつも一緒にいるけど、スマホ見とるけん仲良くないのかな、とか、邪推……ごめんなさい。けど、よく見たら二人とも音ゲーの動きしちょったけんもしかして……って」

 藤崎さんは、いつの間にか、鏡越しではなく直接私の顔を見ていた。

「じゃあ、この後一緒にゲームする?」

 スマホでちらりと時間を確認すると、まだ昼休みが終わるまで20分くらいあった。

「いいの?」

「たぶん、同士だってわかったら三和も喜ぶ」

三和のところまで藤崎さんを連れて戻ると、三和は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐスマホを置いて藤崎さんの方に身体を向けた。

「内海が連れてきたん? 珍し。私、三和優って言います。よろしく」

三和はぺこりと一礼して、私の方を見た。

「どういう経緯?」

「トイレで一緒になって、私が挙動不審に話しかけて、音ゲー同士を発見した、という経緯」

「了解。藤崎さん、私ね、音ゲーこれとこれとこれをやってて——」

三和は藤崎さんにスマホ画面を見せながら食い気味に話していた。

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