第28話 エピローグ2・メモリアモモンガ



 舞台の上に信二が現れた。

 出てきてほしいと思いつつも出てきてほしくないとも思っていた。

 やっぱり、お前が犯人だったんだな。


「そのカッコつけた薄ら寒いセリフを二回も言える度胸には恐れいったね」


 信二はあの暗闇のときのような眉間にシワを寄せた表情ではなく穏やかな表情をしていた。

 よかった。なにか怒らせてもう一度あの世界に放り込まれたら次こそ俺は確実に死ぬ自信がある。


「一回も二回も同じだよ。出てこなけりゃこのまま適当に続けるつもりだった」


「なるほどね。それで、そこまでわかっててなんで俺を呼んだんだい奏太?」

「どこまであってた?」

「うーん。半分くらいかな」

「だろうね」

「強がるね」

 うるせえ。

「で、どこが間違ってたんだよ」

「謎解きタイムは終わり? 降参ってことかな?」

 そう言われるとちょっとムカつく。

 俺だってまだ言ってないことがある。

 だけどあの余裕の半笑いが気に入らないので

「別に。そっちが何も言わないなら俺はさっきの結論で満足して終わりにする。お前がここに出てきた時点でほぼ正解を引いたみたいなもんだろ」と挑発してみた。


「やれやれ。じゃあ野暮だけどツッコミを入れさせてもらおうかな。まず、そもそもどうやって君たちをここに呼んだんだろうね。君の理論だと一人でもメンバーがずれていたらこのゲームとこの結末は成立しなかったよね。それに、順番もかなり危うい。いくつかは俺が誘導できたとしても、ミラーハウスは本来君と本郷さんが入る予定だった。あの時……アクシデントがあって順番が入れ替わったよね。少々無理があるんじゃないか?」

「確かに」

「え? 認めるのかい? 反論は?」

「他には?」

 信二は呆れたような表情を浮かべた後、またゆるい笑顔で喋りだす。


「そうだね、もうひとつそもそもの話をさせてもらうとすれば、脱出ゲームの目的が君と本郷さんに昔のことを思い出してもらうことだったとして、そのために友達が何人も死んでしまうなんて、それでその素敵な過去の思い出を思い出してもらったとしても、親友や彼女が死んでしまえばせっかくの思い出も台無しだ。メモリアランドとやらの行動はずいぶん矛盾していることになるよね」

「確かに」

「またそれか。探偵ショーはもう終わりなのかい?」

「それは俺のセリフだよ信二。お前こそ言いたいことはそれだけか?」

「もったいぶったセリフだね。でも、これ以上俺に何かを言わせたければ先に君がなにか言うべきだな。誘導には乗ってあげないよ」


 俺は「これ」は確信がなかった。

 たの自分の妄想、願望でしかなかった。

 だけど今の信二のセリフで確信した。


「死んでないんだろ。誰も」


「……どういうことかな」

「ジェットコースターは首無し死体だった。俺は実際に触ったけど、暖かったし重さもあった。血はあまり出ていなかったけど、本物かもしれないと思った。だけど同時に偽物かもしれないと思った。どっちかわからなかった。そこがポイントだ。死体だと断定できなかったのはなぜか? 首が落ちる瞬間を見ていなかったからだ。まああんな異空間を出せるような犯人相手に色々理由をつける必要もないのかもしれないけど、あえて言うならあの暗い中で電飾のついたコースターだ。光が邪魔で乗っている人間がよく見えなかった。最後に減速して俺達の前に戻ってくる前にすり替えることは十分できた」


「なるほど。じゃあ次のティーカップは?」

「あれも炎に包まれて死んだように見えたが、炎がすごすぎて本当に順平くんが燃えたのかは確認できなかった。残っていた黒焦げの死体もよく調べる前にきぐるみがもっていっちまったからな。あれなら例えば下に穴でもあけて順平くんを回収して、死体のダミーと取り替えてやったことにすればいい」


「おもしろいね。じゃあつぎはメリーゴーラウンドだけどあれは誰も死ななかったね」


「アレにも意味があった。死人は出ていないけどあのメリーゴーラウンドは唯一目の前で死体が出てしまう可能性のあるアトラクションだった。結果としてお前が参加することで死者は出なかったけど、その前の二つのアトラクションとは違ってもし実際に死んでいたら串刺しになるところを見せつけられるところだったんだ。前の二つのアトラクションのインパクトと合わせることで、あの棒に串刺しにされるというリアルな死を想像させるのが目的だったんだ」


 信二は何も言わない。

 おれは構わず続ける。

「そしてゴーカートとミラーハウスはもう説明不要だな。ゴーカートは暗闇の中の爆発。近づくこともできず、何処かへ運ばれてしまった中村。暗闇の中で事故を起こしたように見せかけて中村を何処かへ回収してしまえば良い」


 信二は返事をしなかった。

 沈黙はとりあえず肯定と判断して俺は続けた。


「ミラーハウスから帰ってこなかったお前と吉田はどちらも死体を見ていない。ミラーハウスは制限時間を設けていたな。それにオーバーした。そしてカウントが減った。ミッションを失敗した。それだけで中の二人が死亡したと錯覚させたんだ。そのために前の4つのアトラクションがあったんだろ? さらに死に方も斬殺、焼殺、串刺し、爆殺と殺し方を全て変えているように見せることで、最後のミラーハウスは爆発音などがなくても窒息死とか圧死とか、想像させる事ができたんだ」


 なんでこんな事を考えていたかというと、俺もずっと誰も死んでいなかったらいいのに、これが全部夢だったら、ヤラセだったら良いのに、とずっと考えていたからだ。

 でもそれはあまりに自分に都合の良い想像に過ぎなかった。


「だけど、実際にお前が生きていた。まあお前が人間かどうかは別として。他の奴らも生きているってことだ」

「じゃあ君は他の皆が生きていると思っているわけだね」

「生きているさ。そうじゃなきゃ辻褄があわねえし。じゃなかったらお前はメモリアランドじゃない。ただの死神だ」

「ふむ。じゃあそれだけの綿密な計画が成功するためにはやっぱりそのメンバーが揃う必要があるよね。さらに消えていく順番も重要になる。そのあたりは結構危うかったと思うけど、そこの説明がまだ欠けているようだ」

「そうだな。やっぱりな。そういうことになるよな」


 でも俺はそれに対する回答をすでに持っている。

「ということは俺は恐ろしい事実を認めないといけないことになるな」

 認めたくはなかったが。




「杏奈もお前とグルだったんだろ」



 信二の表情が少しだけこわばった。

「どういうことかな」

「とぼけるなよ。そうだとすれば全部説明がつくんだ。メンバーを集めるのも杏奈が裏で陸か佐藤とつながっていれば簡単だ。そっちのグループは信二が選んで集めれば良い。無くなったカバンにはそういうやり取りをしたメモとか手帳とか入ってたんだろうな」

 当てずっぽうだが当たらずも遠からずってところじゃなかろうか。


「そしてお前と杏奈の二人がいれば俺たちを誘導するのは簡単だ。あのミラーハウスの時も彩がトイレに行きたいと言い出したけど、言い出さなければ杏奈が言い出すはずだったんだろ。先に信二は彩を残してトイレに行って置くことで、俺にトイレにいくと残された人間が無防備になる様子を見せた。めぐみと彩が一緒について行くことになることも計算していたんだ」


「よくそこまでわかったね」


「正解なのか? そうだろうそうだろう。だってお前さ、解かせる気とかなかっただろ。ヒントも全然ないし。推理小説みたいに全てのトリックを解くためにきちんと用意されてるとは思えなかったしな。全部俺が想像を繋いで無理やり後付で理屈をつけただけだからな。それでどこまで当たったんだ?」


「ほぼ正解だよ」

 信二は呆れるように、降参したかのように両手を広げながら言った。


「まじかあ……。じゃあやっぱり杏奈は偽物だったってことか。というか杏奈もお前ってこと?」

「すまないね。彼女であるというところから偽物だ。君は彼女に告白した記憶も告白された記憶もないだろう?」

「あ」

 言われてみれば思い出せない。

 どういう理屈化はわからないがこのあたりは何か「不思議な力」ってことだろうか。

 ただの不思議な力も脱出ゲームの最中には使われていなかった。

 あのクソゲームだけは一応俺たちにクリアができるように卑怯な力は使われていなかった、と今ならわかる。


「じゃあ、俺からも聞いてもいいか? ミラーハウスの順番ぎめの時。なんであんなややこしい真似をしたんだ? 俺と彩を二人でいかせたいなら最初に決まった時にいかせればよかっただろ」

「あれは君が本郷さんと杏奈ちゃんのどっちとミラーハウスに入るつもりなのか確認しておきたかったんだよ。そしてあそこで俺と吉田くんは退場するためにはああでもしないと本郷さんは自分がやるといって聞かなかったからね。君にはかなり不審に思われただろうけどどうせ退場するしいいかなと思ってね」

「それこそ無理のある説明だな信二。もうちょっとスマートになるようにすべきだったな」

「これでもかなり計画をねったんだよ。もちろん君が違う選択肢を選んでも大丈夫なようにいくつもシミュレーションしてあった」

「そこまでして俺にあのクソゲーをやらせたかったのかよ」

 俺も呆れた表情を返した。





「どうしても君たちに、メモリアランドにもう一度来てほしかったんだ」





 そういった信二の足元が淡い光に包まれだした。

 そしてその光はだんだんと足から脛、膝へと上がっていく。


「待てよ。終わりか? 消えるつもりなのか? 杏奈も出てくる展開はないのか?」

「杏奈ちゃんにもう一度逢いたいのかい? でも君にはもう彼女は必要ないだろ。君が命に変えても守ると言ってくれたのは嬉しかったよ。そして君は最後の最後までその約束を守ろうとしたね。その姿を見て、俺は君なら必ず約束を思い出してくれると確信したんだよ」

「うぇ。人の気持ちをどこまで弄んだら気が済むんだよ」

 今となっては杏奈の顔もよく思い出せなくなってきた。

 

 信二の体はとうとう下半身が全て消えてしまった。

 残された時間は後わずかのようだ。

「なあ、あの最低最悪なアトラクションの数々だけどさ、俺が考える限り誰がどう失敗しても、最初から誰も死ぬ予定はなかったと思うんだ。俺たちが怪我をしないように配置していた黒いきぐるみ。助けられないように見せかけて実は事故に巻き込まれないように頑丈にしていた柵とか」

「だからといって、君たちをあんなひどい目に合わせたことを許せとは言わないけどね」

 もちろん俺も許すつもりはない。

 あんな最低な体験をさせたお前は100発は殴らないと気がすまない。

 だから待ってくれよ。

 まだ消えるな。


「……人を楽しませるための遊園地(メモリアランド)が人を殺すわけないだろ」


 おれは恐怖体験を無理やりさせられただけだけだ。

 他の連中は巻き込まれただけだ。


「そっか。だとすると最後に大きな疑問が残っちまうんだけど……お前もう胸のところまで消えてるけど間に合うかな」

「めぐみのこと?」

「そうだよ。相変わらず察しが良いな。あいつが生き残ったのは予定通りだったんだろ。でもあいつはこの結末では納得がいかなくないか? どうしてあいつを残したんだ?」

「いい子だっただろ」

「ああ、危うく惚れかけた」


 光は首元まで迫っている。

「じゃあね。もう時間切れみたいだ。俺はもう二度と現れることはないけどあんな体験、忘れるなって言わなくても忘れないだろ。ぜひずっと覚えててくれ」

 ふざけんな。忘れられるわけ無いだろ。


 いよいよ顔に光が迫る。

「あ、おいめぐみのことは! それに、なんで俺たちだったんだ? まだ聞きたいことはある! 本当はミラーハウスのとき、お前は知ってたんじゃないのか! 俺たちの過去も、本当はあの掛け声も! まだ話したいことがあるんだよ! 信二!」


 信二はもうそこに体のほんの一部を残すだけだった。


「最後に、メモガーじゃない。メモリアモモンガ。略称はメモンガだ」


 そして、たんぽぽが風に飛ばされていくように、信二は完全に消えてしまった。


 あいつは幽霊だったのか? いやお化け? 付喪神?


 俺は道に落ちていたメモリアランドのマスコットの人形を拾い上げた。

 その汚れた人形のふざけたデザインの目はどこを見ているのかわからない。

 全然可愛くない。

 俺はそれをポケットにしまいながらつぶやいた。

 「やっぱリスかネズミにしか見えねえな」


                終わり



ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

解決編に関してはこの後もう少し精査するつもりです。

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メモリアランド ひみこ @YMTIKK

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