第22話 約束




 鏡一枚を隔てて向こうを彩が歩いている音がする。

「彩、聞こえるか」

「うん、まだ壁一枚くらいだね」

 お互いの声も聞こえる。まだ隣りにいるみたいに。よく反響してどこから声がしているのかは分かりづらいけど、たぶんたった数センチ向こうに彩がいる。

「お前もさ告られたんだろ? 吉田と……信二に」

「え。誰に聞いたの? うん。たしかに吉田くんにはここに来る前に告白された。あれ、でも柿本くんとは今日初めて合うしそんな事言われてないけどなあ」

 やっぱり嘘だったんだな。

 あいつはほんとに怪しすぎる。言動が意味不明すぎるんだ。

 だけどすでに死んでしまった後だからもう確認の取りようもない。

 ほんとにあいつは何がしたかったんだろう。


「ねえ奏太。最後にここに一緒に来たときのこと覚えてる?」

「……ごめん。あんまり覚えてない。なんとなくそんな気はしてるんだけどはっきり思い出せない」

 やはり俺は彩と一緒にこの遊園地に来たことがあったようだ。

「みたいだね。私は覚えてるよ。あのジェットコースターも、このミラーハウスも。一緒に回ったんだよ」

「そうだったんだな。それでもだいぶ昔の話だよな。よくそんな細かく覚えてるな」

 もしこんな暗闇の中ではなければもう少し早く、詳しく思い出せていたと思うけど。

「そりゃ覚えてるよ。だって私、あの時奏太のことが好きだったもん」

「そうなのか? じゃあここから出られたら付き合う?」

「バカ。奏太には杏奈ちゃんっていうかわいい彼女がいるでしょ」

「そうだった」

 とぼけているようだけど俺は本気で今杏奈のことを忘れていた。

 むしろ杏奈となぜ付き合うようになったかさえ忘れた。

 俺はなぜ杏奈と焦りのせいでうまく思い出せない。どっちから告白したんだっけ。


「じゃあさ、約束、覚えてる?」

 彩の声で一旦おれは思い出すことを辞めた。

「約束?」

「それも忘れちゃったんだ。最後に二人で観覧車に乗ったときにさ、したんだよ約束」

「ごめん」

「…………」

「なんて約束したんだ?」

「それ私が言うの? 自分で思い出してよそういうの。こんなにヒントあげてるんだから」

「おいおい、これから死ぬかもしれないんだぞ。そこはサービスしてくれよ」

「だめ。わたしたちはここで死なないんだから。だから、ここを出たら教えてあげる」

「そうだよな。わかった」


 そして突き当り。俺は左に曲がらないといけないようだ。

「私は右に曲がるみたい。じゃあ、後でね。絶対に一緒に出ようね。約束だよ」

「ああ、後で。絶対に。約束だ!」



 俺は狭いミラーハウスを走ってしまい、なんども頭をぶつけた。

 手を前にして走るが、すぐに突き当たる。

 その度左右を選択させられ、行き止まりに合えば戻る。

 そして、先程とは逆の道を選択する。

 だけど、繰り返していると自分がどちらから来たのかわからなくなる。


 何分経ったんだろう。

 まだ10分くらいだと思うけど、わからない。

 もたもたしてられない。

 ここを出るときは一緒に出ないといけないのだ。


「これ、ぶち割ったらダメなのかな。ダメなんだろうな」

 また行き止まり。戻る。

「つーか、先に入った二人はどこいったんだろ」

 また行き止まり。戻る。

「やっぱり窒息かな。壁が狭まって圧迫死ってパターンもありそうだな。うーんどっちが苦しくないんだろう。出来れば死ぬならあんまり痛くないやつが良いんだけど」

 また行き止まり。戻る。

「くそ、だめだ。どっちから来たかわからん。今戻ってんのか進んでんのかわからん!」

 また行き止まり。

 肩で息をしながら俺は鏡に映る自分の顔を見つめる。

 汗で張り付いた前髪。

 頬を伝う汗。

 無駄によく磨かれた鏡。

 まるでそこに別の世界があるかのような、そんな鏡。

 鏡を触れてみた。


 あれ。指になにか違和感が。

 よく鏡を見ると薄く傷が入っていた。

 さらに触って確かめる。

 コインか何かで傷をつけてある。ばつ印に。

 これ、もしかして先に入った信二か吉田のどっちかがつけたのか。

 たぶん信二だろうなと直感した。

 だとすると向こうが吉田か。吉田はこんなヒント残してないんだろうな。


 しかしなるほど、そうかこんな手があったのか。さすがは信二だ。わからんけど。

 こうやってチェックを入れたらまだ来ていない道がわかるんだ。

 本当はこんな事すれば怒られるだろうが今はそんな事気にしてやる必要もないだろう。

 おれは突き当りに当たるたびに鍵で傷をつけて、チェックを入れて回った。


「出口だ!」

 俺の目の前にガラスの扉のようなものが見えた。

 これまでの迷路の鏡の壁とは明らかに違う扉の形をしている。

 いますぐここを飛び出したいが、それはまだだ。

 彩と一緒じゃないとだめだ。

 扉の前まで来ると右のガラスがちょっとおかしいことに気づいた。

 これはガラスだ。向こうの通路が見えるようになっている。

「そうか、この向こう側が彩の迷路のゴールになってるのか。ここでガラス越しにタイミングを合わせてこの扉から出ろってことか。それなら簡単そうだな!」

 まだ時間の余裕はあるはず。

 おれは彩がたどり着くのを待った。

 

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