第23話 掛け声
どっちも偽物だったんだ。
さっきの俺の意味不明な掛け声は俺の地元の方言だ。
俺の地元ではこういうタイミング合わせの時は独特の表現がある。
「さん、のー、がー、はい」という掛け声だ。「いっせーの、せ」とかそういう掛け声の俺の地元の方言バージョンだ。
まあ、初めて聞いたやつはまず固まって「なにそれ」と真顔で聞き返してくる俺の中で封印されし方言だ。
そんなもの偽物が知っているわけはない。
偽物はよくわからないまま最後に「ぜろ」と言った。
だから俺は飛び出さなかったんだ。
彩なら絶対、あそこは「ぜろ」ではなく「はい!」とあわせてくれたはずだ。
あそこで俺がまだ偽物かどうか迷っていたんだからなおさらに。
彩があの掛け声を忘れていたらそれまでの危ない作戦だったが、彩なら絶対に覚えていてくれている自信が俺にはあった。
俺がまだこちらの言葉に慣れていなかった頃に大爆笑されたことがあるから。
あれは引っ越ししてからまもなく。
彩と一緒に庭で遊んでいた時だ。
庭でおもちゃのバドミントンをやることになり、邪魔な机をどかそうとした。
非力な俺たちは二人で机を運ぶことにして机の両端を持ち、おれは掛け声をかけた。
「さん、のー、がー、はい!」
俺が力を入れて持ち上げる。片方だけ浮いてしまい彩はぽかんとして力を入れてくれなかった。
「なにそれ」
「何がだよ。お前ちゃんと力入れろよ!」
この時ようやく気づいた。自分がなにかおかしなことを言ったことに。
「今のもう一回やって。なんて言ってたの?」
「うるせー。なんだよまたからかってんのか? 地元では皆こう言ってたんだよ」
「からかってなんか無いよ! ねえ、もう一回。お願い! 教えて?」
「だから……さん、のー、がー、はい!のタイミングで」
「あはははははははは!」
「もうぜってぇいわねー」
「私は気に入ったよ。これからぜってぇつかおっと」
「やめろ!」
「じゃ、いくよー! さんのーがーはいっ!」
それからというもの、事あるごとに彩は「さんのーがーはい」という俺の地元の方言をおもしろがって使っていた。
だから忘れるはずがない。あいつが忘れていてほしくない。と思った。
それを思い出させてくれたのは絆創膏だった。
実は絆創膏も俺の地元では違う呼び方をする。
リバテープだ。未だに絆創膏と言うと口がムズムズと違和感を感じる。リバテープのほうがしっくり来る。方言ってのはなかなか厄介なもので言い回しなんかはどうにかなっても固有名詞や掛け声なんかはなかなか直せない。
さっき最後の瞬間の前におれはとっさにリバテープという言葉を使った。
もし彩が本物だったらきっとなにかを感じたはずだ。この言葉もよくバカにされた。
だが、あの時反応はなかった。
知らなかったからだ。
偽物は知らない言葉に余計なツッコミをいれてボロが出るのを恐れたんだろう。
もちろん、それだけだと決定的とはいえない。
だから最後に試してみたんだ。
彩が本物なら「はい」のタイミングまで飛び出さなかったはずだ。
意味不明な掛け声に偽物はさぞ焦ったことだろう。
偽物は「かべちょろ」の合言葉も知っていた。
絆創膏のことも知っていた。
おそらく遊園地に入ってからの会話はお見通しだったんだろう。
俺だってバカじゃない。その可能性くらいは考えていた。
あそこで俺に「なにそれ?」とでも聞いていたらそれも偽物だ。
彩なら絶対に笑って、そして合わせてくれていたに決まってるんだ。
幼なじみなめんなよ。クソゲーめ。
それからまもなく、彩が現れた。
「ごめん、遅くなっちゃって! またせちゃった?」
「いや、いま来たとこ」
「カップルかよ」
二人で笑ってしまう。
「なにこれガラス? なんかホームで別れを惜しむ恋人みたいになっちゃってるね」
「じゃあもう時間もあんまりないと思うし、飛び出すんだけど、二人同時じゃないといけないからさ、おれが掛け声かけるからそれに合わせて飛び出してくれ。OK?」
「いいよOKOK! あ、待って合言葉は? 要らないの?」
「かべちょろ」
「む。正しい。さては本物だな? ってそれさ二人で同時に言わないと意味なくない?」
「ごめんごめん」
「もう……あ、そうだ。じゃあさ。あたしに掛け声かけさせてよ。いいよね?」
「……もちろん」
「じゃあ、行くよ!」
そしていたずらな笑顔を浮かべた彩が掛け声をかけた。俺も一緒に。
「さん、のー、がー、はいっ!」
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