第21話 かべちょろ






 ミラーハウスの中に入り、時計を確認する。

 やはり9:15分のまま。動いていない。

 30分は自分の感覚だけで感じとらないといけないようだ。


「彩、大丈夫か」

 なにが大丈夫なのかはわからないけどとにかく声をかけた。

「うん。大丈夫。がんばろう。絶対にクリアしようね」

 彩は特に怖がっている様子もなく答えた。

 

 時間はないけれど、何が待ち受けているかわからない。

 俺たちは鏡張りの狭い通路をゆっくりと歩いていった。

 

 

 あたり一面鏡の世界。

 だんだんと位置感覚が狂ってくる。

 今自分が建物のどこにいるのか。東西南北どちらへ進んでいるのか。


 自然と俺は彩と手を繋いで歩いていた。


「可愛い彼女だね」

 と彩が唐突に話しかけてきた。

「いきなりなんだよ」

「だって、こうやって二人で話すチャンス全然なかったし」

 チャンスという言葉に嬉しくなる。


「お前にこんなところで会うなんて思ってもみなかったよ」

「だねえ。しかもこんな事に巻き込まれるなんてね」

 無言。


「懐かしいね」

「何が?」

「前に来た時もこうやって手をつないで入ったよね。あの時はあたしが前を歩いてたけどね」

「……覚えてねえ」


 彩は少し笑った。

「やっぱりね。あの時ね、奏太ね、最後泣いてたんだよ」

「嘘つけよ」

「ほんとだよ。ジェットコースターに乗った後もすっごい怒ってて。もう帰りたいって泣き出しちゃったんだよ」

 二人の歩く足音が四方から反射して聞こえる。

 何人も一緒に歩いているかのような不安を感じて後ろを振り返る。

 彩が俺の方を見ているだけで、他には誰もいない。


「お前は相変わらずのクソ真面目だな」


 俺はこれまで杏奈を守ろうといろいろ画策していたことを彩に話した。


「ふーん。そんなことしてたんだ。昔からそういう小細工が好きだよね奏太は」

「小細工じゃねえ。戦略と戦術だ」


「そっか。私のことも心配してくれてたんだ」

「……そうだよ。なのにお前と来たら、ほんっと余計なことばっかりしてくれやがって」

「ごめんね。でもね、奏太だってあたしの思いどおりになってくれなかったんだよ」

「どういうことだ?」

「…………」

 彩は答えてくれなかった。

 




 俺達の前には鏡の壁。

「いきどまり、か。やっぱり簡単にクリアとはいかないか」

 これじゃあもと来た道を戻るだけになってしまう。

 普通のミラーハウスとは違うのだろうか。


「まって、こっち曲がれるみたい」

「ほんとだ。鏡になってるせいで気づかなかった」


 俺たちがその曲がり角を曲がってすぐのところに、少し広めの八角形の部屋に出た。


 全て鏡張りで、俺と彩が何人も鏡に写っている。鏡の中にどこまでも広がっている無限の世界。


 俺たちが入ってきた入り口とは別に出口が二つある。

 真ん中に何か書いてある。

 


 二人別々の道に進もう



「まじか。これ、指示に逆らったらどうなるんだろうな」

「やっぱりクリアにならないんじゃない?」

「だよな。でもお前一人でちゃんと迷わずにゴールまでこれるのか?」

「奏太のほうこそ今度は泣かずにこれるの?」

「うるせえ」


 俺たちはそれぞれの出口へ向かう。


 俺たちは繋いでいた手を離す。


「絶対に一緒にここを出ようね」

「ああ。絶対に」

「約束だよ!」

 彩が歩き始めてすぐに呼び止めた。

「待て、彩!」


「な、なに? びっくりした」

「一応合言葉を決めておかないか?」

「合言葉? 何のために?」

「次会った時に確認するために。だってこういうのって偽物が出てくるのがお約束じゃん」

「なんの映画の話?」

「しらんけど。お前ともう一度会えたときにさ。俺たちにしかわからない合言葉を言うんだよ。なんかいいじゃんそういうのって」

「ふふふ、ほんとだね。良いね、合言葉。じゃあ合言葉は、かべちょろ、ね」

「なんで、かべちょろなんだよ。それこっちだと普通はトカゲっていうんだろ」

「かわいいじゃん。かべちょろ。私好きだったんだよ奏太の方言」

「バカにしまくってたくせによく言うよ。でも、まあ、俺たちにしか通じない合言葉だし、なかなかいいな。じゃあ合言葉はかべちょろ、な」

 そう言って俺たちは別々の道へ進んだ。

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