第17話 多数決
円形劇場へ戻ると人影が一つしかない。
彩だった。
「彩! 大丈夫か!?」
俺は駆け寄った。
「どうしたの奏太」
彩は驚いたように返した。よかった生きてた。
「他の二人は?」
「トイレに行くって」
「はあ? トイレ? お前を一人残して?」
「だって、おトイレに一緒には行きづらいでしょ。私が断ったんだよ」
「だからってお前一人置いていくなんてありえねえだろ!」
何してやがるんだ信二と吉田は。
それより先にまずは確認だ。
信二がいないんなら好都合でもある。
「なあ彩、信二とは同じ高校なんだよな?」
「え? そうだけど。どうして?」
「本当か? 学校でみたことあるのか?」
「どうしてそんな事聞くの。そんなに怒ってるの? 私は気にしてないよ」
「そうじゃないんだ。頼む。思い出してみてくれ。学校で信二を見かけたことあるのか?」
「ないよ。だって信二くんは転校生だもん」
「転校生?」
「うん、それで皆と仲良くなるためにって皆を誘ったんだよ」
転校生。
本当なのか。
一応学校で見たことがないというめぐみの証言とも一致はする。
「じゃあ誰がここに来ることを提案したんだ?」
「それは……」
と彩が答えようとしたときに信二たちが戻ってきた。
「お前ら。彩を一人にするとか何考えてんだよ」
「ごめん。だけど、男子のトイレに女子を突き合わせるのは気が引けたからさ」
「交代で行くとかあっただろうが」
「だけどそうするとトイレにいくやつが一人になってしまうじゃないか」
「それは、そうかもしれないけど、女子一人残していくとかお前らそれでも男かよ」
「ここで男女の話は関係ないと思うけどな。むしろこの円形劇場なら周りがよく見えるし、トイレより安全と思ったんだけど? それに各自で判断しようと言い出したのは他でもない、君じゃないか」
「お前……!」
俺が切れかけた時
「もうやめてよ!」
と彩が叫んだ。
「私なら気にしてないってば。それに今喧嘩してどうするの? 私達協力し合うって決めたんじゃなかったの?」
そうだけど、こいつは怪しすぎるんだよ彩!
だけどはっきりとした証拠が足りない。
でも俺の直感は絶対に信二はおかしいと言っている。
「おお、どったのお前ら」
めぐみが驚いた様子で言った。めぐみは杏奈と一緒だった。
「ちょっと頭冷やしてくる」
「奏太!」
「大丈夫。すぐ戻るから」
そう言って俺は円形劇場から離れた。
「よ」
と声をかけてきたのはめぐみだった。
めぐみは断りもなく俺の隣りに座った。
「なんだよ。信二と喧嘩したんだって?」
「喧嘩なんかじゃないよ。俺が一方的に噛みついただけだよ」
「あたしが変なこと言ったのが原因か? その信二のことオカシイみたいな」
「いや」
「そういうつもりで言ったわけじゃなかったんだ。ただほんとによく知らなくってさ。あたしも信二が
すげえやつだってのは思ったよ。ただなんつーか」
めぐみは言葉をつまらせる。
「キモい」
「そうキモい。って奏太さ、そういうこと本人のいないとこで言うなよ」
「はは、いや冗談だよ。あいつはすごいよ。だけどすごすぎるんだよ」
「確かに……」
「彩に聞いてみたら、あいつは転校してきたばかりなんだって」
「あーそうだったんか。だから見たことなかったんだわ! あーなんかそんなこと言ってたかもな。興味なくて覚えてなかったわ」
このやろう。
「はっきり言うよ。おれは信二のことを疑っている」
「それって、このふざけたゲームの犯人って意味か?」
「いや、そこまでじゃない。だけどあいつは何かおかしいんだ」
「何かって、何よ」
「何か」
「おま、それは言いがかりじゃねえか」
「そう。それでさっきああなっちゃったってわけだ」
「バカだねえ」
無言。
「あんたさ彩と幼なじみなんだってね」
「そうだけど」
「なるほどね。まだ好きなんだね。見てればわかるよ」
「はあ? 俺には杏奈っていう彼女がいるんだが」
「彩の話だよ」
はめられた。
「奏太が勝手に自爆しただけだろ」
「うるせー」
「あたしはあんたの方を信じる」
「は?」
「幼なじみなんだろ。大切にしてやれよ」
めぐみが何を思い出しながら言ったのかくらいは俺にもわかった。
「うん」
「そろそろ頭も冷えただろ、もどろーぜ」
めぐみが俺の背中を軽く叩きながら言った。
「皆ごめん。信二、ちょっと気が立ってたみたいだ。許してくれ」
「いいよいいよ。気にしてないよ。誰だってこんな環境に置かれたら普段どおりではいられないさ」
信二は俺の方をまっすぐ見たまま感情がよく読み取れないいつも通りの口調だ。
コイツへの疑心は増すばかりだったが、今は一旦置いておく。
「それで、次の一番手だが」と信二。
結局信二に言わせてしまった。
「あたしも立候補する」
「めぐみ!?」
何を考えているんだ。
俺のことを信じると言ってくれたのに。
いや、俺のためか。というか彩のために?
「じゃあ、俺もだ」
信二が立候補?
「どういうつもりだ? 信二」
「君だってさっき立候補したじゃないか。俺だって立候補してもいいだろ」
「違うだろ、お前は唯一の一番手クリア者だ。少なくともここにいる他の全員が一番手をやるまでは一番手はやらなくて良いはずだろ」
「いや、俺はこのミラーハウスに入ったことがある。だから俺が適任のはずだ」
「嘘をつくな!」
「本当だよ」
何がやりたいんだコイツ。ただ俺を困らせたいだけなのか?
「じゃあ、俺も」
と吉田が言った。心臓が掴まれたような衝撃だった。
吉田が立候補?
俺と杏奈以外の全員が立候補しただと?
一体どうなってるんだ。
何が起きてる。何を考えてるんだよお前ら。
やばい。想定外でどうしたら良いのか全く考えがまとまらない。
杏奈は大丈夫だけど彩はまだ候補者の一人だ。
4人が立候補しているから確率は25%。
どうする。
これならくじ引きでも。
いや25%で死ぬようなもんだぞ。
ロシアンルーレットよりも高確率じゃねえか。冗談じゃない。
「四人。立候補者はこれで締め切っていいかな」
「ま、待て、本当に良いのか。ちゃんと、よく考えたのか」
「時間はこれまでで一番あったはずだよ」
「さっき奏太が言った通り、決めるのは三番目。つまり未挑戦者だ。もちろん俺を指名してもいいし、岡本さんも良いんだよな?」
「もちろん。あたしはここで一番手をやって安全圏に行くつもりだよ」
バカな。
危険すぎる。
めぐみは死ぬつもりなのか。
「どうする? まさかこんなゲームに挑戦したいというやつが増えてしまうとは思わなかったね」
「これなら多数決でも良いんじゃないか? やりたくない人間を選ぶわけじゃない。立候補者の中から選ぶんだから選挙と同じだ」
多数決。
いいのかそれで。よく考えろ。彩と杏奈の命がかかってるんだ。
パッと見た感じでは多数決は俺にとっては都合がいい。
ここで彩が選ばれる可能性は限りなく低い。なぜなら俺は杏奈とめぐみと協力関係にあるからだ。
ここで同意するのは卑怯か?
いやいや、俺は何を言っている。この状況で卑怯だとかそんな事を言っている場合か。
それに多数決は全員が独立しているのを前提とする議決方法じゃない。
仲間で意見を合わせるのは多数決の基本だ。
卑怯かどうかを言うなら俺と杏奈の二人しか生き残っていないこちらのグループと、三人生き残っている信二のグループとでもすでに釣り合いは取れていないし、アトラクションに参加したものとしていないものとでも意見は変わってしまうだろう。
公平な多数決なんてこの世に存在しない。だから俺は多数決が嫌いなんだ。
だけどそれ以外に決める方法も思いつかない。
じゃあ多数決を受け入れるとして彩が選ばれる可能性はどのくらいある?
まず俺たちが選ぶとすれば信二だ。
理由は吉野を選べばそれだけ次に彩が選ばれる可能性が上がってしまう。
ならいっそ信二が選ばれれば次も彩が選ばれる可能性を下げることができる。
俺はめぐみに視線を送る。目が合った俺は信二に視線を流してみせた。めぐみは軽く頷いてみせた。
めぐみはかなり空気が読めるし頭もいい。そして俺の目的もよくわかっている。だからいまので伝わったと思う。
杏奈には隙を見て伝えれば良い。
よし。
これならほぼ信二が選ばれることになる。
少なくとも彩が選ばれる可能性はかなり低い。
卑怯だとは思うが。
「分かった。おれはそれでいい」
俺だけじゃなく、全員が多数決に同意した。
「投票の方法はどうする」
「そうだな。誰が誰に入れたかはわからないほうがいいだろうから、わからないような方法を取ろう」
投票結果は
本郷 彩……1票
風間 信二……4票
岡本 めぐみ……0票
吉田 涼……1票
となった。
「俺に決まりだな。任せてくれ。今回も一発でクリアしてみせるよ」
と信二は焦ることもなく言った。
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