第16話 命の価値




 ミラーハウス


 

 次のアトラクションの表示を前に、俺たちは半円形劇場で休憩を取っていた。

 ゴーカートのミッションを俺はあっさりとクリアした。

 皆喜んでいたものの、寸前のやり取りのせいでこれまでのように諸手を挙げての歓迎とは程遠かった。


 さて、この時間がやってきてしまった。

 もう5回目となってしまった一番手決め。


 俺の目的は杏奈をアトラクションに参加させないこと。

 そのために前回はかなりの暴論を展開をしてしまった。

 そのせいで次のアトラクションの参加者はおそらくは彩になってしまうだろう。


 彩への気持ちがどうとかは別にして彩は幼なじみだ。

 命の価値は等しいなんてのは綺麗事だ。

 自分の家族と知らない他人の命の価値は違う。

 命の価値は相対的だ。


 だから俺にとっては命の価値がある。

 第一位が杏奈。守ってやると約束してしまったのだから当然だ。

 第二位は自分。

 第三位は彩。幼なじみだからな。

 そして信二、吉田、岡本さんは俺にとっては命の価値が等しく低い。

 ひどいと思うだろうか。でも、皆がそれぞれ命に価値をつけているはずだ。

 俺は杏奈を絶対に守る。そして出来れば彩も守りたい。

 だがそのために俺は他の三人の命を捨てることができるだろうか。

 その覚悟ができているだろうか。



「次は誰が一番手をやる」

 今度は俺から切り出した。毎回このセリフを言わされる信二がかわいそうだったからね。

 言ってみて感じた。やはり相当気分が悪い。

 この役をやってくれていた信二には感謝したい。

「私がやる」

 と彩が真っ先に立ち上がった。

 そうなるだろうな。

 杏奈はやらないだろうし、吉田だってもしかすると次で終わりかもしれないし、できれば二番手をやりたいだろう。

 だが俺は反対だ。どうにかして彩を思いとどまらせたい。

 ぶっちゃければ吉田に先にいかせたい。

 だけど、さっきあんなことを言ってしまった。「意味のある命の使い方をしろ」と。

 クソ真面目な彩のことだから自分が一番手をやらないと言い出すに決まっていた。


 どうやって丸め込もう。

 俺は最悪の場合は無理やりにでも代わるしかないか。

 ただそれは最後の手段だ。二度使えないし。


「彩、本当にいいのか?」と信二。

「うん。いつかは一番手をやらないといけないわけだし、ミラーハウスなら女でもやれそうだと思うしね!」

 くそ、そのとおりだ。

 さっきみたいな嘘で順番を入れ替えることはできない。

 どうにかして吉田を先に行かせることはできないのか。

「まあ、待てよ。他の皆の意見も聞こうぜ」と俺は考える時間を稼ぐ。

「まず決定権のある杏奈と吉田はそれでいいのか?」

 二人は考え込む。

「焦らなくて良いよ。急かされて決めるもんじゃないと思うしな」

 時間を稼ぎ、考えろ。

 杏奈は少なくともやるとは言わないだろう。

 吉田はどうか。やるとは言わないだろうな。

 こいつらが立候補しない最大のメリットは次で終わりの可能性があることだ。

 候補者は三人。

 残りのアトラクションはミラーハウスと最低もう一つ。

 ならまだここで立候補しないというのは賢い判断だ。

 というか俺は杏奈が最後まで参加しないようにしたいからそうなればいいと願っている。

 

 くそ。

 吉田をどうやって彩より先に参加させれば良いのかわからない。


 その時、きゅるる、という小動物の鳴き声のような音がした。

 俺はとっさにあたりを見回す。だいぶ近くで聞こえたはずだ。

 きゅるるるるる……

 まただ。近い、俺の隣から聞こえる!

「先輩、すみません。私です」

 杏奈のお腹の音だった。

 張り詰めていた緊張の糸が切れて全身の力が抜けていくようだった。

「だって、さっきからなんだかいい匂いがしてるんだもん」

 確かに。

 さっきから甘いキャラメルのような匂いがしてくる。

 そういえば俺も腹が減っていた。

 ここに閉じ込められてどのくらいの時間が経ったんだろう。

 時計の針は動いていないが、おそらくお昼は回っていたと思う。

 黒いきぐるみたちがスタッフのようにあちこちで店をやっている。


「じゃあなんか食うか、一旦休憩にしようぜ」

「嘘だろ正気か? あんなキモいきぐるみの作った飯とか食えなくね? 毒とか入ってんじゃね?」

「毒殺とかするつもりならこんな回りくどいゲームなんかやらせないと思うぞ」

 警戒はすべきだとは思うけど何も食わないままこのハードなゲームを続けるのもリスキーだ。


「とりあえず休憩。各自でなにか食うやつは食う、休むやつは休むでいいか?」

 全員が同意し、俺と杏奈はなにか食べるものを探しに行った。

 信二たちのグループはその場に座り込んだまま動かなかった。


「ちょっと待てって!」

 俺たちが店の方へ歩いていると岡本さんが追いかけてきた。

「やっぱあたしも食べる」


 黒いきぐるみたちはお店のスタッフ役もやっているようだった。

 話しかけてみたが言葉ははなさないようだ。

「このセットを三つください」

 というと何も言わずにレジに金額を打ち始めた。

 表示されたのは3600円。

「え? 金とるの??」

 別にいいんだけど。もともとパーク内で食べる予定だったし。

 お金を払うと黒いきぐるみ作業を始め、慣れた手付きで俺達の前にハンバーガーのセットを用意してくれた。

「あたしの分払うよ」と岡本さんが言ったけど「生きて帰れるかもわからんし金持ってても仕方ないからいいよ」断った。

「バカ言うなって。全員で生きて帰るんだろ。だからちゃんと受け取れ」と、俺に自分の分を握らせた。

 ギャルは本当は良いやつ理論には俺は懐疑的だったんだけどなんとなくわかった。

 見た目に関係なく良いやつはイイヤツで悪いやつはワルイヤツなんだよな。


「あ、ふつうに美味しい」

 腹が減りすぎていたせいもあって俺たちはあっという間にバーガーセットを平らげた。

 味は本当に普通に美味しい。

 めちゃくちゃってほどでもないけど美味しい。

 なんだか懐かしいようなそんな味がした。


「ティーカップの時すごかったな」

 俺は岡本さんに話しかけた。

「ああ、まあね。知ってる曲だったし」

「ありがとうな。お前がいなかったらあんなの誰もクリアできなかったよ」

「お前言うな。めぐみっていえ」

「めぐみありがとう」

「いやいやこっちもだし。あんたすごかったよ」

「あんた言うな。奏太っていえ」

「奏太の方がすごかったじゃん。とっさにジェットコースターに飛び乗って友達引っ張り上げてさ。あたしあの時怖くて一歩も動けなかったよ。ハリウッドみたいだった」

「ハリウッドか。これが映画の撮影とかだったらよかったのにな。聞いて良いのか分かんねえけど、あの順平くんってめぐみの彼氏だったのか?」

「あー。いや、違うよ。でも小学校の時からの腐れ縁でさ。ずっと仲良くて……」

「そうだったのか。ごめん……」

「いや、あんたも親友だったんだろ」

「うん。中学からの腐れ縁」

「そっか。まあ、なんかまだ実感みたいなのがわかないんだけどさ。絶対ここから出てケーサツに通報してさ、こんなゲーム企画したやつは捕まえてもらわないとな!」

「そうだな」

「あのさ」

「なに」

「信二のことどう思う?」

「信二? かっこいいと思うけど」

「そうじゃねえよ」

「冗談。いや、普通にすげえやつだと思うよ。っていうか俺よりそっちの方が詳しいだろ」

「いや、知らん。だってまともに喋ったの今日が初めてだし」

 なんだって?

「は? どういうこと? 同じ高校じゃないの?」

「たぶん」

「たぶんって」

「中村がそう言って連れてきたんだよ同じクラスのやつだって言ってさ」

 嘘だろ。

 頭をハンマーで殴られたような衝撃だった。

 怪しすぎるだろうよそれは。

 確認しようにも中村はすでに死んでしまってる。

「え、じゃあ彩は?」

「彩とは学校で何度か話したことあるよ。隣のクラスだってのも知ってるし。ただ信二みたいに目立つやつがいたら知らないわけないんだよな……」

 あいつなんか言ってたよな。彩に告白したとか。


「彩が危ない!」

 俺は後ろでめぐみがなにか言っているのも聞かずに走って円形劇場の方へ向かった。

 何もんなんだ信二は。

 本当に北高の生徒なのか?

 彩に本当に告白したのか?

 吉田は?

 くそ、とにかく本人に聞いてやる!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る