ユメミール人のわずかな日々④

 しばらく走ると車は止まった。三、四時間は経っただろうか。記憶のない時間が続いていて、ふと見ると景色は一変していた。車は草原のさなかにあって、運転手も別の女に代わっていた。女が口を開かないままいるので、僕はドアを開けて車から降り立った。草原には小さな小屋が一つあった。僕が降りたのを確認すると、車は走り去る。地球が回る音だけが聞こえるような時間が続く。どうやら僕が導かれた先はこの小屋にあるらしい。部屋ひとつ分くらいしかないような小さな建物。少し強めに押せば瞬く間に崩れてしまいそうな危うさがあった。生物の息遣いが感じられて、中に僕を待つ何者かがいるのだと悟った。それが人の形をしているかは定かではないが、草原に一人取り残され、目につくところには小屋ひとつしかない。否が応にも足はその小屋へと向かっていった。

 耳を澄ますと、向こうも耳を澄ませているであろうことが分かった。相手が僕を出迎えてくれることを期待したが、いくら待とうとも動きがないので、結論を急いた。畳みかけるように仕事が降ってくる状況に慣れてしまっては、ほんの少しの間隙も煩わしく感じられた。余裕を楽しむ余裕が失われていることに気づいた。扉は施錠されておらず、抵抗なく開いた。中にはまた、見知らぬ男がいた。

 男は僕に中の椅子に座るように促した。この小屋には見合わないような機械的な椅子で、いくつもの配線がつながれ、部屋の奥へと延びていた。ただでさえ狭苦しい小屋なのに、床が見えなくなっており余計に狭く感じられた。男の身なりはやせ細って、服も身の丈に合ったものをまとっている。そのために多少は部屋の狭いのも我慢できる、絶妙な匙加減だ。

 いかにも怪しい椅子ではあったが、それが指示であるならば応えないわけにもいかず、恐る恐る腰掛ける。アルミニウムの冷たい感触が服越しに伝わってきた。座っていてすぐに腰が痛くなるような予感もあったが、座る部分がちょうど僕の腰の形に合うように設計されていて、いらぬ心配だとわかった。

 本題に入らないまま、煮え切らない会話が続いた。仕事の喧騒から離れ、落ち着かない、ずっと仕事の続きを考え続けている頭を持て余している。頭の中が散らかったままだから、会話内容もなかなか入ってこない。結論はどこにあるのか、何を目的とした話なのか、そんなことばかりを考えてしまう。男の妙にゆったりとした語り口が耳障りで、椅子の座り心地だとか、小屋の内観だとか、不必要な情報にばかり気が散ってしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る