ユメミール人のわずかな日々③

 車に乗るように促されたので、促されるままに後部座席に乗った。運転手の男が別で一人いて、僕を案内した同僚は気づけばいなくなっていた。僕が座ったのを確認したのか、車は走り出した。運転席の男の姿は、暗がりで見えない。久々に見た空は曇り空で、行く先の不透明さを暗示していた。しばらく走った。妙に静かな車は、文明が発達し続けた証拠だろうか。僕らが働いた成果がどこに表れているのか、ずっと疑問だったが、このような些細なところに、それは表れているのかもしれない。落ちないように、ただバランスを保つための労力。あるいは、落下していくわが身を、生きながらえさせるだけの労力。生きていると、ただひたすらに落ちていくような感覚に包まれることもあるが、多少は前に進む軌道を描いていたのだろうか。

 車内はこんこんと静かで、僕以外誰もいないようだった。仕事のことがずっと頭の中を渦巻いて、問題をどう解決しようか、どのように説明しようか、細い糸のような考えが巡り巡っている。無音空間はそれらを飲み込むような包容力をもっていて、僕の口から、鼻から、耳から飛び出した糸の生活はあたかも自由を得たかのような顔をして、すぐに車内という狭苦しい世界の外には行けないということを思い知らされる。退屈を持て余すように思うのも久方ぶりの感覚だ。仕事をしていないと落ち着かないような感情も持て余していて、これがきっと薬の副作用なのだと理解した。

 どこに向かうのかもわからず、いつまで続くのかもわからないような時間。運転する彼に何を問うても、きっと望む答えは得られないのだ。仕事場に帰ると、もう僕の居場所はなくなっているのではないだろうか。机は雑に窓から放り出されて、僕のタイムカードは誰かが退勤打刻しているし、僕がやらなくてはならない仕事は誰かが代わりにやっているのだ。手柄も責任も彼のもの。寂しさとくすぐったさが同居して、ワンルームの部屋でここが我らの居場所と胸を張っている。余ったわずかなスペースは僕のもの。趣味に使える時間もお金も、ポスターの一つも飾る隙間もない。情けないくらいに部屋は広くて、床は足の踏み場もないくらいに汚い。それが最後に見た自室の風景だ。どれだけ家に帰っていないだろう。あまりにも家を離れすぎて、もはや安心感を覚えられる場所ではなくなったのだ。僕は家の場所を覚えているだろうか。鍵はもっているだろうか、鍵の開け方はわかるだろうか。それらはすべて不要な心配で、この車の行く先にある風景とはきっと異なる。

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