ユメミール人のわずかな日々②
同僚の某の姿がどうにも見えないと思ったら、彼は今日来る「順番」のために休暇を取っているようだ。うらやましい限りだ。殺してでも奪ってしまいたい。仕事の煽りは当然に僕らのもとにやってくる。それでも文句の一つも飛ばしはしない。いつかきっとくる自分の番のために、泣き言の一つも言わないで手を動かすだけだ。
定時になると、体を動かし、頭の疲労を取り除き、余計なことは考えずに済み、すべてが万事うまくいくような高揚感に包まれる薬剤が右腕に備え付けられた管から注入される。これによって、夕方以降も引き続き、仕事に励むことができる。この注射は、一日に三度ある。ちょうど疲労を感じ始めた段階で、薬物によって十分な休息をとった状態と相違ない状態まで遷移するのだ。こうなると、睡眠という行為に費やす必要のある時間が少なくなる。その時間は、丸っと労働に飲み込まれていく。
体を駆けまわるような、這いずり回るような倦怠感も、将来への焦りは現状への疑問も、すべてどこかへと消えていく。後に残るのは、まだしばらくは働けそうな、無気力に近しいところにいる自分自身だけ。
上司から仕事を振られる。上司は自分の仕事があるため、そそくさと席に戻っていく。やるべきことはシステムが決めてくれる。ただ僕らは、人間の手で行うべき仕事、人間にやらせた方がコストが低く済む仕事を、ひたすら片づけていくだけだ。
世界は妙にセピアめいて見えるが、これも薬の副作用の一種だから問題ないと説明された。夢をみる人々をねたみながら、自分の番が来ることをひたすらに待ち続ける。
肩を叩かれて、僕は呼ばれているのだと気がついた。目の前の仕事はちょうど片付いて、すぐにも上司が目ざとく次の仕事をきめてもおかしくない流れだが、決して予期した通りにはならなかった。
というのも、僕の肩を叩いたのは、休暇を取ったはずの同僚だったからだ。彼は顔面蒼白で、何かに対するおびえのために、会話することもままならないような状況だった。ただ僕に用件があることは明確なようで、何かを伝えるべくもごもごと口を動かしていた。
ちらっと上司の方を見ると、立ちすくむ同僚の用件を片付けるのが僕の仕事のようで、席に着いたままアイコンタクトをして、頷いた。それが仕事となれば、僕に断るべき道理はないだろう。
彼の促すままに、彼の後ろについて僕は席を離れた。エレベーターで一階に降りて、警備室の横の階段からさらに下に降りた。そこは駐車場で、目新しさのない車が一台停まっていた。
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