ユメミール人のわずかな日々①

 打刻する。タイムカードに時間が刻まれる。休憩時間が極限までそぎ落とされた勤務体系の中で、我が家なんて希薄な存在ははるか昔に失ったままだ。会社で働いて、会社で少し休憩して、食事だけ済ませて、また仕事に戻る。タイムカードに刻まれる時間は、休憩時間よりも労働時間の方が長く、余暇時間よりも労働時間の方が長い。いわゆる現役世代があまりにも希少になり、老いさらばえた人間たちを放逐してもなお、社会構造の維持には高いコストがかかる。割ける労力にも限りがあり、人員にも限度がある。一方で、社会は発展を続けるために労働を求める。機械によっていくら代替されようと、また新しい仕事が生み出され続ける。労働を至上の喜びと刷り込まれた次の世代は、さしたる悩みも抱かないままにシステムに組み込まれていくのだろう。身体ばかりが急いて、心が追いつかないままでいる僕ら中間の世代は、煽りを飲み砕くことを強いられる。

 同僚との会話は、私生活の話はできず、仕事の話ばかりだ。私生活というものがほとんどなくなった今では、人生は労働のためにある。唯一の楽しみは、「睡眠」をとることだ。夢の世界では、何よりも自由になれる。過去の労働こそ希薄な、人生の価値を十二分に噛みしめられた時代を思い浮かべることができる。ただ、「睡眠」をとるのにも順番待ちが必要なのだ。ほんの少しの休憩も許されえない社会構造の中では、「睡眠」ほど贅沢なことはない。プレミアチケットは高値で出回って、ただ需要があまりに過剰なため、どんなに高値であろうと、皆飛びつくようにさらっていく。そもそも、市場に出回ることも少ないのだ。皆、数年に一度の睡眠の機会を何よりも待ち望んでいる。使われないままの給与は口座で微増していくばかりで、何にも代えがたい「睡眠」を金銭ごときのために手放すようなバカはいないだろう。ほとんどが、騙されて手放してしまった、働きすぎの阿呆に他ならない。

 正規ルートで「睡眠」の権利を得るためには、ひたすら順番を待つしかないのだ。列にひたすら並んでいれば、いつかは自分の番が回ってくる。さほど多くない共同体のさなかでも、一日に数人だけが、仕事を離れることが許される。それ以外の皆々は、次の「睡眠」までの間の時間を、仕事をしてつぶしているようなものだ。明日か明後日かと順番が来るのを心待ちにして、はるか遠く見える日をひたすら待つ。最後に夢を見た日のことを反芻している。次に見る夢はどういう内容にしようか考えている。頭と体は僕の意思に反して仕事をこなし続ける。わずかな休憩も、決して仕事のことが頭を離れることはない。

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