単語「***」に関する考察①

 突然だが、「***」という単語に心当たりがあるだろうか。このような問いを提起すると、多くの人が、「***」とはなんだろうと疑問に思うことだろう。そこには単語的な情緒や熟語の端緒も感じ取れない。ただ僕のような身柄の知れぬ学者こぼれが愚かしいことを言っているものだと、人の風体を見て愚かしくも決めつけて笑うばかりだろう。みなみな、人の肩書だとか風体を、物事の尺度にしすぎるきらいがある。物事の本質というのは、その内側に宿ってしかるべきであるのに、誰だって表面的な情報に飛びついてしまうのだ。なんとも愚かしいことだろう。やや、失敬失敬。取り乱してしまった。取り乱してしまう必然性は君たちにもわかるだろうが、ここは冷静であろう。目的のために、せいぜい大人らしく振る舞うことにしよう。「***」という言葉は、平時、日常生活で用いることのない概念だ。この言葉はある特殊な文脈でのみ利用され、そして物語の主題になるような概念でもないため、多くの人が、たとえ使用したとしても、その事実に気づかないままでいることだろう。それほどまでに国語の中に違和感なく溶けこむ概念だが、ひとたび注視してみれば、その特殊性に気づくはずだ。僕はその特殊性に気づいた。過去の文献もあさってみたが、この事実に気づいているものは誰一人としていなかった。ゆえに、こうして公衆の面前でその講釈を垂れているのだ。君たちにも、この違和感を覚えてもらいたいものだ。まずは口にすることから始めよう。それが、僕の唱える違和感に、もっとも容易に近づく手段となる。誰でもいい。そこの学生くん。君だ。そう、君だ。他に誰がいるというだろう。君しかいないだろう。さぁ、「***」という言葉を唱えてみるがいい。難しいのなら、僕のあとに続いてもらっても構わない。「***」。何を難しいことがあるというのだろう。君が唱えない限り、話は先に進まないのだ。「***」の意味が分からないというのか? 僕の話すことは伝わっているだろうか。何も難しいことは述べていない、むしろ普段の研究内容と比べれば、誰にだってわかる言葉で話して、歩み寄っている認識だ。「***」。そう、できるではないか。それでいいのだ。さて、君は違和感に気づいただろうか。答えは非常に単純な話だ。僕たちが「***」という言葉に言及するとき、「***」という言葉は「***」という言葉におのずと置き換わってしまうのだ。

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