n番目のバニー⑧
見つめると、君も僕をじっとみた。恐れを孕んでいるような、いつかの夕暮れのような空だった。六人の君は逃げ去ることもせず、じっと僕の様子をうかがっている。
君がこれ以上遠くに行ってしまう前に、僕が終止符を打たなくてはならない。君のひそやかな秘密を暴いて、このように貶めた責任を示さなくてはならないのだ。そうやって責任感に突き動かされて、僕は持ち込んだ狂気に出番を与えた。一人ずつ順番に事を済ませる。舞台袖からは従者の悲鳴が聞こえる。舞台下には、騒ぎを聞きつけたのか、ぞくぞくと信者たちが集まってくる。
仕事を終えることで、皆が夢から覚めるように願っていたが、得られた効果は逆だった。君の名を呼ぶように聴衆の大合唱が始まった。血の色はまだ赤い。僕を取り押さえようと動くものはいない。皆思い思いに君への想いを叫んでいる。煩い。全員の口をふさぐことはそう容易いことではない。
わっと歓声が上がった。振り返ると、君に翼が生えて、宙に浮かんでいた。よくみれば、君の色彩が妙に淡くなっている。君だけではない。君の周囲が、水で溶いた絵具で描いたように淡い色に変わっている。君はぐんぐんと上昇を続け、体育館の天井も突き抜けてしまった。
あまりの信仰心の濁流に、ついには現実が君に耐えられなくなったようだ。物語化した君は、月を目指して僕らのもとを離れていく。外に出て、ぽかんと空を見上げる。ちっぽけな僕らにできるのはたったそれだけのことで、それ以上を望むことは、そうありたいと考えてしまうことも含めておぞましい行いとなった。
全く、分かたれたところに君は離れてしまった。君を思い出すための手がかりも、気づけば すべてなくなっていた。ぞろぞろと、生活を再開する。
皆は平穏を取り戻し、今まで通りの日々を営むようになった。時折、思い出したように月を見上げて君を思う。
僕もまた、その一人になり下がった。一度でも、君の特別になれたかもしれないという思い上がりは、早々に捨てる羽目になった。いまや本の中の物語。月に返った君の話。非現実めいて僕の記憶の奥底にこびりついていても、決してもう手の届かないところにあるのだとわかる。
ただ、どうしても、思い出してしまう夜があるのだ。理科準備室で笑む君の横顔だけは、ただそれだけは現実のままであってほしいと願ってしまうのだ。
ただ、もはや手遅れ。だから、本を閉じて。僕たちは生活を続けなくてはならない。君のいなくなった退屈な世界を、気だるさとやるせなさを宥めながら、生きていかなくてはならないのだ。
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