n番目のバニー⑥
集会の開始時間までまだ暇があるというのに、すでに体育館は人でごった返している。地域住民の皆様もそろっているようで、十二分に広いはずの体育館が、ドールハウスのように小さく映る。後ろ詰めの中、ぎりぎりの人の合間に体を滑り込ませて、波を乗り越えていくように人ごみの中をかき分けていく。クラスメイトに呼び止められた気がしたが、振り返る頃には彼はもう流されてしまっていた。せめて壇上が見える位置にありたいと思い、照らされる方へと体を動かした。
次第に時間になって、壇上を照らすライト以外の明かりが消える。喧騒はスンと消えて、冷え切ったポテトフライのように静かだ。君の姿を見止めた。君たちの、と訂正する。五人の君は壇上に横一列に並んで、その傍らを従者のような身なりの学生たちが囲っている。何が始まるのかも、何かが始まるのかどうかも何もわからない中で、ただ君から目を離さないでいるのが精いっぱいだった。
マイクがキンと鳴いて、ダメ押しの注目を集める。発表されたのは、君のパブリックドメイン化だった。あまりにも高まりすぎた人気。君がたった五人いるだけでは不十分だったのだ。いくばくかの制約が課されたのみで、おおむね誰であっても君になることができた。お面で気持ちを紛らわしていた人々は我先にとお面を脱ぎ去って、瞬く間に君に代わっていった。オリジナルの君を見失わないようにせねばならなかった。僕ならばきっと粗悪品とは見間違えないだろうと高をくくってみせようと、押しつぶされるような現実には到底太刀打ちできない。ぱたぱたとオセロの終盤のように盤面が目まぐるしく変わるため、自分を見失わないように注意が必要だ。みなみな、自分を放棄することに何ら恐れはないのだろうか。君に近づけることを至上の喜びとする者どもは、みなみな、同じような顔から同じ顔へと変わっていく。
一斉に、壇上の君に向かってお辞儀をする。くりかえす動作は振り子時計のように次第にリズムがかみ合って、衆合は一つになってゆく。
君の背後から後光が指すのが見えた。どうやら高次に至るための信仰ポイントがたまったようだ。天鱗、あるいは想翼。思い思いの姿を描いて、君は高次の存在になってゆく。がらっと扉の開く音がした。聞き覚えのある音だった。今朝も、昨日の夕方も、あるいはおとといの朝も。僕はその音をよく聞いていた。さっそうと歩み入る六人目の君の姿は、神々しく、長い髪は左右に別れ、目からは黒い涙を流している。僕の最期の境界線が分かたれて、パブリックドメインに汚されてしまった。
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