n番目のバニー④

 謀ったかのように誰もいない。人通りは何もない。カラスの声は声だけで、その姿を見止めることはできない。君の横顔をみているうちに呼吸も落ち着いて、汗も乾いて少し寒くなってきた。

 僕はただ、君を独り占めしたくなっただけだ。ただそれだけのこと。だのに、君はまたそうやって、僕をかどわかして弄ぶのだ。六人の君はみな同じように目を閉じて、眠っているように。ただ耳を澄ませても、寝息の一つも聞こえてこない。

 僕は君を一人背負って、地面に付かないように気を付けて、帰路についた。家に帰って、君を僕の部屋に寝かせて、残りの五人も連れ帰ろうと現場に戻っても、君の姿はなくなっていた。あたりはもう暗くなっていた。きっと夜が連れ去ったのだろう。

 本当は君を独り占めにしたい気持ちもあったが、やむをえまい。むしろ六人もいたのだから、一人くらい僕のものにしてもかまわないと考えることにしよう。また僕はふらふらと元来た道を歩いて、家にたどり着いた。食事は済ませたが、湯船には浸からなかった。君は語りかけても何一つ応えることはないが、大事な客人として、一枚しかない布団を譲った。明日朝目を覚ましてみて、君がいなくなっていたとしても、僕は驚きはしないだろう。君の神秘性は僕の手に収まるようなちっぽけなものではない。騒々しく羽虫が飛び回る頭を落ち着かせながら、体が眠るように促した。視界の端には君をとどめるように。

 そうして、杞憂もほどほどに目を覚まして、君の姿があることを見つけてほっと胸をなでおろす。新しく始まった日々がいつ終わるやもしれないが、ただこの瞬間、君といられるひと時は大切にしたいと感じた。学校に行くのも億劫ではあったが、習慣に操られて気づけば支度は済んでいた。オートマチック生活。ただ少しの反抗として、家を出る時間は遅刻ギリギリにした。最後まで、君を目に焼き付けていたかったのだ。

 学校に着くと、チャイムの喧騒と混じって、隣の教室は騒がしかった。君は当たり前のように輪の中にいた。ひと目見て、僕が昨日一人目を連れ帰る間にいなくなっていた君だと気づいた。身体的な特徴は君以外の何者でもない。そこになんら優劣はないだろう。僕に気づきを与えたのは、君の人数だった。五人の君は、クラスの日常風景に溶け込んでいる。机も五つ用意されている。椅子もいわずもがなで、瓜二つの君が、教室の中で談笑し、僕が奪ったはずの日常生活を並行している。

 廊下を歩く先生に急かされて、僕は僕の教室に戻った。家にいる君の様子が気になって気が気ではなかった。また、五人の君が平穏な生活を続けていることについて、嫉妬に似た感情を抱いた。

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