n番目のバニー②
毎週水曜日が、君の密やかな日課の日だった。自ずと、僕も同じように毎週水曜日に理科準備室を訪れるようになっていた。決して気づかれたり、話しかけたりするようなことはない。後者については機を伺ってはいたのだが、君の密やかな楽しみを邪魔したくはなく、かつ僕には話しかける時に発するべき言葉というのがどうにもわからなかったので、ただ時間がすぎるばかりだった。
変化が訪れたのは不意で、いつものように僕が理科準備室を訪れても、君の姿は見えなかった。日直で遅れたのかとも思ったが、どうにも様子がおかしい。思えば、今日は君は浮かない顔をしていた。何かあったのかと思い、僕は校舎の中をぐるぐると歩き回った。
放課後、部活の時間で、体操着をきた生徒たちが歩き回っている。僕も一応部活には所属していたので不自然はなく、クラスメイトに会った際には軽口を飛ばしたりもした。
そうやって彷徨い歩いて、校舎の中を探し尽くして、体育館側に移動したところで、体育館の軒下に人影があることに気がついた。
決して目立たず、いつも気にかけていた僕だからこそ気づけただろう。見慣れた姿は体育館の軒下に入り込んでうずくまっていた。体調でも悪いのかと心配したが、それにしても体育館の軒下に潜り込むようなことはしないだろう。よくよく目を凝らすと、指先で蟻を潰しているようだった。
君は恍惚とした笑みを浮かべていた。それは金魚に餌をやって太らせていた時と同等かそれ以上で、君の密やかな楽しみを、僕は見守っているほかなかった。
君の瞳は、反転したかのように真っ黒になっていた。蟻を一匹、また一匹とつぶすたびに、目から黒い涙を流す。体育館の軒下は地面が少しえぐれていて、洞穴の入り口のようになっている。君はそこで蟻を待ち構えて、殺して楽しんでいるようだ。
僕は気づかれることを恐れ、気づかないふりをしてその場を去った。それでも、恍惚とした君の顔が忘れられなかった。君の黒い涙がとてもきれいで、僕には魅力的だった。この秘密は、きっと僕しか知らないものだろう。それを共有できたことが何よりもうれしく、この二人だけの世界を必ずや守り通さなくてはならないと誓った。
それから、君は時折体育館の軒下に表れた。じめじめと薄暗い空間も君は着こなして見せた。体育の授業で試合に負けた時とか、テストで凡ミスで満点を逃した時とか、あるいは休み時間にトイレから帰って、クラスメイトが席に座っていた日の夕方だとか。君はふらりと薄暗闇に落ちて、涙を流して遊ぶのだ。
君の美しい二面性は、僕をますます虜にした。
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