n番目のバニー①
好意を持ったきっかけはいつだったか。気づけば君は僕の視界の端にいて、日常を食いつぶす魔物と化す。勉強も部活も何もかもが手につかなくなって、僕の目は君の姿を追うためにしか機能しないし、僕の体は僕の考えとは異なった振る舞いばかりをする。君の前ではやけにきざな振る舞いをしてしまうし、僕の行動のすべてが採点されているかのように感じるし、上ずった声は、ひどく不格好に見えていただろう。
恋愛感情を認めるところからこの物語は始めるべきで、僕は間違えようのないほどに君に惹かれてしまっている。最近はずっと、君の好きなバンドのことばかり考えている。いくら知識を深めようとも、それを用いる機会は依然として訪れない。それでも、君に近づくきっかけになるのであれば、無駄ではないように思われた。何より、君と同じ音楽を共有できているだけで、言い知れぬ多幸感に包まれていたのは言うまでもない。
好きな人に会いたいがために、少し遠回りして帰るのはいけないことだろうか。偶然の出会いに期待して、乗車するバス停を変えるのはいけないことだろうか。もっぱら最近、僕はひどくバカになった自分を見つけてばかりいる。ただそれを心地よく感じているのもまた一つの側面だ。
何より、君は一つ隣のクラスだから、出会えるきっかけは限られているのだ。朝夕の登下校だったり、ほんの些細な休憩時間だったり、教室にいる時も、僕はいつも廊下の方を気にかけてばかりいる。せめて同じ部活に入れればよかったのだが、君は帰宅部だった。授業が終わって、友達といくらか談笑したら、すぐに家に帰ってしまう。学校外の君のことを、僕は知らない。友達伝いに聞いた話でいえば、塾通いが忙しいとか、飲食店でバイトをしているとか様々だ。どれもありきたりで、信ぴょう性が低いものばかりで、そういった話を耳にするたびに僕はヤキモキしている。
唯一確実な、僕が直接見たことがある情報は一つだけ。
君は時折悪い魔女に導かれるように理科準備室に消えていく。この時ばかりは、人目をよく気にしている。覗き見ると、君は金魚を太らせて楽しんでいる。自分で買って来たのであろう少し高めの餌を手に、金魚がパクパクと餌にありついているのを眺めている。目的や動機はわからない。ただ密やかに悪巧みをするような君の笑顔は弾けるくらいに魅力的で、僕だけが知っているであろう君の秘密は、僕の心をよりいっそう君に引き付けてしまうのだ。
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