ビニールハウス④

 その不透明さは、また輪郭を成していた。今度は実体をもって、重みをもって、温度をもって、息遣いをともなって。

 大口を開けて、ぼくを食らうかのように、にやにやと笑っている。

 ぼくは途端に恐ろしくなって、その果実を放り出して、ビニールハウスを飛び出した。出る途中、バケツを蹴っ飛ばしてしまった。足を引っかけて、転がしてしまった。水は少しぼくの足にかかって、靴下が濡れる感覚があった。それでもかまってなどいられなかった。いつぼくの手が、足が、髪がつかまれて、引きずりこまれないとも限らないのだ。ビニールハウスの中は、透明な果実で埋め尽くされていた。霜柱が土の下から芽吹くように、地面をひっくり返して、侵略を繰り返している。

 横を向いても、上を仰いでも、見るべき場所はどこにも残されていなかった。

 近所の公園まで走った。家に戻る気分にはならなかった。朝の寒さはあっというまに日に溶かされて、暖かい呼気が首筋を舐めた。ブランコを漕いで過ごした。ブランコを漕ぐ足もやがて動かなくなって、砂辺を撫でるだけになった。人類が死滅したかのように、誰も来なかった。みんなみんな、ビニールハウスの怪物に食われてしまったのではないか。取り残されたのはぼくだけ。そんなナイーブな気持ちが寄せては返す。

 おなかがすいて、夕方になったのが分かった。夜になると余計に怖いものが公園に湧いて出ることを知っていた。だからぼくは重い足を引きずりながら、祖父母の家に帰る。玄関口から敷地に入る。ビニールハウスはやや奥まったところにあるのでここからは見えない。ただ不透明なビニールごしに、祖母の姿が見えた気がした。

 祖母はまだ、畑仕事をしているようだった。ぼくが手伝いをやめたから、時間がかかってしまったのかもしれない。ぼくの手伝いなど、何の役に立っていただろうか。

 祖母の姿が二つに見えて、夕焼けの揺れたせいだと知った。近づく勇気は出てこなくて、遠目に覗き見ることしかできなかった。心なしか肩を落としているように見えて、ぼくは悪いことをしてしまったかもと悔いた。

 妹は居間でテレビを見ているようだ。ぼくも早くそちらに行きたかった。夕飯の匂いが香って、ぼくを現実に呼び戻そうとしている。

 今日は祖母は帰ってくるだろうか。運動靴を脱いで、玄関に並べた。振り返ることはしない。夏の暑さが頭を焼く。夕景のしらじらしさが、張りぼての作りものみたいだ。いつカットがかかって、このフィルムが止まるかわからない。扉を閉める。滑り込むように夏風がぼくの手を掠めた。

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