ビニールハウス③

 らちが明かないので、ぼくは祖母が指すその先を掌でおおうようにした。すると、指先に冷たい感触が当たるのを感じた。祖母の言う通り、そこには確かに、何かがあるようだった。冷たくて、ぶよぶよとしていて、ただ少し張りがあって、針でつつけば一思いに割れてしまうような危うさも持っている。

 ぼくは薄気味悪くてすぐに手を離した。祖母がカラカラと笑った。やり方を示すように、祖母は何もないはずの場所をぐるりとねじって、もぎ取るような動作を見せた。祖母の手の動きは透明な重みを感じさせた。

 ずっしりと意外に重く、畑仕事に慣れた祖母の手であっても、やや持て余すような少し大きい「何か」。得体の知らない何かは、祖母の手によって、どこから湧いて出たのだろう、収穫用のざるに放り込まれた。

 祖母がこちらを見る。ぼくにやってみろというのだろう。透明な、出どころのわからない、絵本でも図鑑でも見たことがない。ぼくの手が焼けて溶けて消えてしまってもおかしくないし、あるいはその重さに耐えかねて、大切な何かを取り落としてしまうような恐ろしさもあった。ぼくはどうすべきかはかりかねていた。祖母がぼくの手をグイっと引っ張った。その目は好奇に満ちていて、ぼくに対する悪意など少しも感じられなかった。

 祖母の示すままに、ぼくは空を掌で包み込んだ。少しずつ狭めていくと、指先にまた何かが当たる感触があった。感触は、腐ったミカンに似ていた。あるいは、腐ったトマト、大根。とにかく腐っていればなんでもいい。カビが生えていてもおかしくはないが、生えていたとしても、きっとカビも見えないのだろう。見ることのできないぼくをあざわらうような声が聞こえて、また恐ろしくなった。少しでも力を入れると、すぐにはじけて消えてなくなってしまうようだった。

 それでも、茎の離さない意志を感じた。この果実をもっていかれてなるものかと、抵抗するささやかな反発。その力はあまりにも弱々しくて、ぼくの嗜虐心をくすぐる。ぐるりと、見えない茎をねじ切るように果実を回した。ちょうどトマトをねじる感覚に似ている。あっという間に手に重みが乗った。全体重をぼくに預ける重みだった。得体のしれない果実が、あっけなく収穫された。白旗をあげた。掌の上には何も乗ってみえないのに、ぼくの体力を少しずつ吸っていく重さがあった。

 のぞき込むようにすると、その姿が見えるような気がした。透明の中心が少し濁って、輪郭を撫でるように黒い線が引かれる。目で追っていたはずなのにまた消えて、輪郭など初めからなかったかのように。

 唐突に、祖母の顔が浮かんで見えた。こちらを見て、ニッと笑った。銀歯がのぞいた。しゃがれた声が聞こえた。隣に祖母はいなかった。ぼくは一人だ。

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