第3夜
キイィンと、金属を擦り合わせるような不快な音がする。
ああ、ああ。
出来れば起きたくない。
厄介なモノだということは嫌でもわかる。
逃げても消えるものではないから、目を開ける。
乾いた草を踏む音がする。
さくさく。さくさく。
何処かに急いでいるのか、せわしない。
相変わらずここは夜と夕の狭間。
青い草原を風が撫で、サワサワと草花が身動ぐ。
逆光と言うほどでもない薄い光に照らされて、小さな花はシルエットになる。
そんな中に場違いにそれはいた。
おそらく身分の高い者だろう。服装でわかる。
たっぷりと蓄えられた髭は立派だが、眼光は鋭かった。
ここそういう場所じゃないんだけどな。
私に気づくと、彼は何か崇高なものを見るかのように手を広げ、近づいてきた。
本気でやめてほしい。
「‥‥、‥‥‥?」
アレッ 声が聞こえないな。もしかしてミュートにしてる一族?
「‥‥!‥‥、‥‥‥‥!!」
ゆっくり歩く私の歩幅に合わせて、彼も横についてくる。何か熱心に訴えているが、聞こえない。
スマン。
「帰りたいかい?」
今までの来訪者と同じ質問を投げかけてみる。男は黙って首を傾げてしまった。
まぁそうだろな。彼からすれば自分の話をガン無視していきなり質問してきた事になるだろうから。
「‥‥‥‥?‥‥?」
「ごめんね。帰り道しか教えてあげられないんだよ」
「‥‥」
彼はしばらく思案したあと、くるりと来た道を戻り始めた。うーん、こういう時は何を言ってもついて来ないんだよな。
おそらく彼はここに何かを探しに来たのだ。
財宝だの、不老不死の薬だの、世界すべての叡智を記した書物だの。
そんなものは無い。少なくともここには無い。
そう話しても納得しない。
迷い込んだのではなく、自らの意思でここに来た者たちはみんなそう。
手ぶらで帰るわけには行かないと、血眼になって探すのだ。あるはずもないそれを。
なので私は耳を塞いでしまった。あちらが聞く耳を持たないなら、私も聞かなくてもいいだろう。
「帰りたくなったらついてきて。そして立ち止まらないで」
その背中に一応呼びかけるが、彼は少し振り向いただけで歩みを止めなかった。
帰る道はあのテントしかない。
そしてあそこには私しか辿り着けない。
ここはメビウスの輪のように、どこを辿っても同じ場所に行き着く。
空間は循環し、風だけが自由を得る場所。
ゆっくりゆっくり歩きながら、彼を見守る。ここは平面だから、遮るものがない。何処まで行っても彼は見える。
しばらくすると彼は立ち止まってしまった。
あーそれオススメ出来ないんですけど‥‥
案の定、彼はそのまま倒れてしまった。
うーん駄目だったか。
さくさくと私は草を踏み、移動する。
よくよく見ると草原にはぽこぽこと地面が膨らんでいる場所がある。
岩でも埋まっているように見えるそれは、先程の彼と同じ運命を辿った人たちの成れの果てだ。
ここでは立ち止まってはいけない。
立ち止まると、草原の一部になる。
ブルーアワーの幻想に囚われて、みな眠り、そのうち身体ごと飲み込まれる。
草原の形をした胃袋のようなもの。
もしくは廃棄された悪意の墓所。
そういう場所なのだ、ここは。
そう私が定義した。
さくさく。さくさく。
広い草原に、私の足音だけが響く。
相変わらず空はブルーアワーの刹那をまとっていて、風だけが踊っている。
シフォンの波を撫で、揺れる髪を冷やし、花の間を流れていく。
疲れた。早く眠りたい。
眠って何もかも忘れたい。
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